小学六年生の頃、『你好,旧時光(My Huckleberry Friends)』という中国の青春小説に出会った。タイトルの意味は「こんにちは、昔の時間」。
丸一日ベッドに横になって、分厚い二巻を読み終えた時のこと、今でも覚えている。
夕暮れ時、窓から日が差し、最後のページを閉じた。そして、「なんていい本だろう」と長いため息をついた。
その日の夕暮れがおそらく一生忘れられないシーンになるだろう。
物語の主人公のように成長していく自分を想像していた
物語は、ユー・チョウ・チョウという女の子の幼稚園から高校卒業までの成長史だ。
ユーちゃんは父親のいない子と言われているが、彼女は母親のために良い人生を送ることだけを考えている。
小学校から中学校、中学校から高校、多くの浮き沈みを経験して、多くの人、多くのものとの出会いが、ユーちゃんを急成長させた。大人になった彼女が過去を振り返ると、あの頃の時間が鮮明に記憶に残っている。
『你好,旧時光』を初めて読んだとき、私は小学校から中学校に進学する段階で、この物語から多くの勇気をもらった。
ユーちゃんの家は決して裕福ではないが、小学校を卒業する時母親から「一番いい中学校に行けるように道を探してあげる」と言われ、困惑していた。ところが、兄のような男子が「主人公ゲームをやろう」と言い出し、「コネでそのいい中学校に行くのが嫌なら、私みたいに一番遠いところに行こう。自分が崖から落ちて、偶然武術の秘伝を手に入れ、密かにすごい人になって、またみんなの前に現れるヒロインだと想像してみよ」とアドバイスした。その後、ユーちゃんは誰も知らない普通の中学校で自分なりに勉強して、一番偏差値が高い高校に入った。
まるで映画のモンタージュのように、困難な状況にある少女が主人公ゲームをやって、気がついたら輝かしい新生活になっている、なんてかっこいいでしょう。私も映画の主人公のようにパワフルでスマートな自分をよく想像していた。
残念ながら、小学校の頃の私は特に平凡で、運がいいわけでも悪いわけでもなく、野心的な目標があったわけでもない。もし、私が物語の中にいたとしたら、間違いなく数分も登場しない脇役だったでしょう。でもこの本を読んだあと、主人公ゲームに参加して、密かにすごい人になる目標を見つけようと思った。
無理だと思うたびに、『你好,旧時光』をもう一度最初から読み直す。その後、希望通り中学校も高校も良い学校に入り、すべてが順調に進み、本当に自分が主人公になったような気がした。
希望通りに進学はできたものの、優秀な人たちの間でつらくなった
しかし、人生は小説ではない。私はユーちゃんのように学校のトップになったわけでもなく、すごい人ばかりの高校では存在感すらなかった。
高校の時に物理が苦手だったが、学校では理科が得意な人だけが頭がいいという雰囲気だったので、自分が本当に苦手なことを認めたくなかった。親の反対を押し切って理科を選んだが、毎日苦痛を感じた。
好きでも得意でもないことをやるのが、人生で一番つらいことだと思う。
そのつらさは大学でも続いた。進学試験のあと海外留学も考えたけど、ゼロから始める勇気がなかった。結局、普通に中国の大学の建築学部に進学したが、違和感がずっと心の深いところにあった。
あの子すごいな、あの子かっこいいなって、羨ましいことばかりだった。いつの間にか、私が欲しいのは今の生活ではないと気づいた。モヤモヤしていた時、久しぶりに『你好,旧時光』を読み返した。
その時、主人公がユーちゃんだけではないと分かった。
物語の中で描かれていたのは、ひとりの主人公だけではなかった
物語の中で、小学生の頃にはテレビによく出ていた有名人のチャンが普通の人になったが、本物の笑顔ができた。
自己肯定感が低く、常に人の上に立ちたいと思って人の真似をしたが、劣等感や嫉妬心が抜けず、後にやっと自分を受け入れようとしたユーちゃんの友人のシン。
平凡なクラスメートのイェンは自分の意見を持たず、親の言う通りにしか生きられなかったが、三年生の時好きな美術を学ぶために留年を選択した。
『你好,旧時光』には豊かな人物が沢山出た。善人も悪人もいなく、それぞれ長所も短所がある人間だ。暗い人、臆病な人、陽気な人、穏やかな人、形はさまざまだが、小説の人物たちは自分の好きなように生きている。
主人公ゲームで大事なのは、偶然武術の秘伝を手に入れ、密かに誰もが認めるすごい人になることではなく、自分の人生において、誰もが自分の主人公になる権利と能力があることだと、ふと気づいた。
大学を中退して、日本語を一から学んで、一人で日本の大学を受験した。それは、これから私が書きたい自分の物語の冒頭だ。
物語の中で、友人のシンは日本の漫画が好きだが「東京でマンガの勉強をしたら?」と聞かれても、シンはただ暫く沈黙して、「東京はとても遠い」と言った。
東京は確かに遠い。でも、私は来た。
羽田空港に降り立った瞬間から、私はついに本当の主人公になった気がした。