小学校の先生になる!それが私の小学生の頃の夢だった。
そして、その夢を目指して勉強し、中学受験をした。学校では落ちこぼれかけながらもなんとか勉強し、教育学部のある大学に進学した。同じ道を目指す仲間と学び合いながら教員免許を取り、小学校の先生になった。
私の小学生の頃の夢が叶った。

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でも、現実は甘くなかった。夢で見ていた世界と違った。
学校の先生は、いかにわかりやすく、そして楽しく面白い、興味の湧く授業ができるように模索しながら授業の準備をしていく。そして、子どもたちとぶつかり合いながらも、共に成長していくものだと思っていた。
でも違った。
先生同士でぶつかり合い、毎日会議会議会議と拘束され、研修や学校運営でいっぱいいっぱいで、定時を過ぎても帰ることはほぼ無理だった。授業の教材研究はいつもサービス残業。定時退勤の日は、山積みの仕事を抱え、持ち帰って家で何時間も仕事をした。上下関係も厳しく、パワハラやセクハラは日常茶飯事。それに耐え抜いて働いた結果は「親も教育関係の仕事してて、あなたはサラブレッドだもんね、できて当たり前よね」という言葉だった。上司の仕事を押し付けられても文句は言えず、自分の仕事と上司の丸投げした仕事をこなし、週の平均睡眠時間は3時間を切り、ボロボロになり、身体を壊した。
夢だった小学校の先生は、ブラックホールのような世界だった。
体と心の健康のため、1年働き、やむなく非常勤講師へと転向した。

夢というものは、見るものではなく、叶えるもの。

そう思って突っ走ってきた12年の夢への想いは、1年で終わりを告げた。

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辛くなかったといえば嘘になる。でも、私はこの選択に後悔していない。
だって、私は非常勤講師に転向してから、新しい夢をもち、その夢は叶えられていないが、新しい夢を持つことで生まれた小さな夢が、少しずつ叶っていったからだ。

私は、小学校の先生から少し距離を置き、新たな夢ができた。
自分で家を建てて、そこで自分でお店をすることだ。
小学生の頃のように、夢を持って、実際叶ったとしても、夢と現実は違う、となるかもしれない。やってみたら思っていたものと違うかもしれない。
でも、やってみなければわからない。どうしようかと迷って先へ進めないくらいだったら、やってみて確かめた方がいいと思った。小学校の先生だって、経験したから夢見たものと違うと気づいたのだ。そしてその経験があったから新たな夢を持つことができた。だから私は今、新しい夢を叶えるために土地や家屋の名義変更に奮闘している。
うまくいく保証はない。すでに、その土地の名義変更で親族間のトラブルが発生していて、心が折れそうになる。でも私は、ここで踏ん張ろうと思えた。
それは、新しい夢を持った時から、小さな夢が叶っていった経験があるからだ。
親族と音楽コンクールに出たい。その夢は姉と一緒に叶えることができた。そのコンクールで賞を取るって夢だって叶った。ミスコンでモデルをしてみたいって思ったことも地元で複数挑戦して、2つも叶った。好きな人と結婚したいってことだって、叶った。
大きな夢がつなげてくれた小さい夢は、頑張れば叶うことがわかった。
新しい夢を持つことで、私の視野は広がった。

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だから、小学生の時に抱いた小学校の先生になりたいと思った夢は、1年で終わってしまったけれど、後悔していない。あの経験を経て、私は今、新しい夢に向かって奮闘するのだ。
そしてその夢が叶ったとしても、叶わなかったとしても、きっと後悔はしない。頑張ってことは無駄ではない。
だって、また次へ進める一歩になるからだ。辛い思いや苦しい思いはしても、ずっと殻に閉じこもっているわけではなく、挑戦し続ける自分が嫌いじゃない。

進め、私!
新しい夢に向かって、今日も一歩先を目指す。