北欧の国では、朝8時の始業から夕方16時の定時退勤までが一日の仕事時間だという。日本を始めとするオーバーワーク国にとってみたら、羨ましい話なのかもしれない。
「今日も終電だ」
「これから一ヶ月は部活の大会だから、朝6時に学校に行かなきゃ」
こんな言葉を耳にするのは日常茶飯事。
私たちはどこに向かっているのだろう。

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コロナ大流行の影が濃くなってきた2020年3月上旬。
学校が大規模閉校に踏み切り、企業がリモートワークに向けた準備をし始めたそんな時、私は成田空港にいた。
転職まで1ヶ月を切った私は、余っている有給休暇を使って海外旅行をすることに決めた。
12時間以上会社の椅子に座っている日々が続いていた。
そんな日々と対照的なオフを過ごしたくて航空券を予約した。
幸いにして航空規制がまだなく、何の資料も無しで身ひとつで国を出られた。
行き先はオーストラリア。
まだ行ったことのない大陸に降り立ってみたい気持ちが後押しとなった。

オーストラリア観光2日目。
私はシドニーから早朝の電車に乗って、世界遺産である山まで来ていた。
季節が逆転する南半球では、3月は日本の9月。
刺すような夏の日差しを肌に感じながら、一人でハイキングを始めた。
道行く人にHi! Morning!と挨拶をしながらすれ違う。

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登山開始30分ほどして、あらぬことに私は迷子になった。
トレッキングルートを外れて、森の中で佇んでみたいと思ったのが敗因。
直ぐ道に戻ったつもりだった。
見渡す限りの森の中、いくら歩けど補整された道に戻れない。携帯は当然圏外。
普段デスクワークばかりの私の足は衰えてしまったのか、すでに足が痛み始めていた。
半泣きになって見上げると、焦る気持ちとは裏腹の明るすぎる空。ふと歩みを止めて湿った土の上に座り込んだ。
「これが私の求めていたことだ」
地球の規則正しい動きに逆らうようにデスクに張り付いた日々。挨拶はいつだって「おはようございます」。時間の感覚がおかしくなっていた。
今は薄暗い夜明けにホテルを出て、太陽が昇る瞬間を電車の中から眺め、太陽が1番高いところにくるまで歩みを続けていた。
持っていたレモン水を飲んでひと息ついた。
「私がいなくても地球は回る」
風が吹いて、どんな香水でも表せない自然の香りが私を包む。
ざわざわと葉っぱの擦れる音が、360°から聞こえる。なぜだか下からも。
木漏れ日が私の足元に移動してきて、照らし始める。温かみすら感じる。
座ったお尻から冷気を感じ始めた頃、よしっ、と立ち上がった。
すると人の吐く息音聞こえた。
左上を振り返ると、遠くにトレイルランニングをしている男性を見つけた。
痺れた足を無視して、登っていくと、補正された道が見えた。
私は何事もなかったかのように、また道を歩き始めた。

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太陽が西に傾き始める中、私は帰りの電車をプラットフォームで待ちながら撮影した写真データを眺めていた。
道に戻って直ぐに撮った写真。
それはレモン水を持った私の腕。
ぶれているのは、歩きながら撮ったからなのか、息が上がっていたからなのかすでに思い出せない。

あれから3年が経ったが、あの写真は今でも私をくすりと笑わせ、同時に物凄いエネルギーをくれる。
そして、立ち止まることの本当の大切さを教えてくれる。
もうなんなら、たとえそこが濡れていようが座り込んじゃえって。