彼女を初めて見た時、あぁ好きだ、と思った。遠く海に隔たれ、SNSでしか彼女の近況を窺い知ることができない今でも、その想いは確かなままだ。あれは一目惚れだった。

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某国に留学した時、彼女もまた他国からの留学生として同じ大学で学んでいた。周りの学生に比べ外国語が達者でなかった私は、当然迷惑もかけたしさして良い印象は残せぬままに終わったと思う。

きっかけは、授業内で席替えをした時に向かいの席だったというそれだけである。一目見た瞬間、彼女の綺麗な顔立ちに惹きつけられた。容姿が整っている人なんて世の中にはたくさんいるし、ハッとするような美女美男子にはこれまでも巡り会ってきたけれど、彼女との出会いに感じたのは今までのどれとも違った。きっと凄く優しくて面白い、もしも同じ言語を完璧に共有できたならとても良い友達になれるだろうし、私は彼女を間違いなく好きになるだろうなと直感した。その場で拙い現地語で会話して、その思いは確信に変わった。

しかし結局彼女との接点は、SNSで数回言葉を交わしたのと、1回大学の食堂でランチを食べ最寄りのバス停まで一緒にバスに乗ったきりだった。その日私はバスカードを構内で落とした。朝から体調が悪そうだった彼女に帰っていいと伝えたが、首を振り一緒に探してくれた。ふらつきながら家路につく彼女の後ろ姿を見て、申し訳なさと本当にほんの少しの嬉しさを感じていた。声が好きで顔が好きで、絶対にいい人だという謎の確信があったけれど、どうしても言葉の壁が厚かった。

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円滑にコミュニケーションを取れるような語学力が私には無く、語学力の明らかなレベル差は当然の如く友人関係を深めるのを邪魔した。初対面でこちらが一方的に衝撃を覚え好きになっただけで、それを相手に押し付けるのは迷惑でしかないという常識もきちんと備えていた。

帰国する時に、久しぶりに彼女に連絡した。さようならと言ってもらえて、メッセージにハートを押してもらえただけで十分だった。私の気持ちも、私自身についても、ほとんど伝えられなかったような気がするけれど、覚えていてくれただけで満足だった。今外国語の勉強を頑張ろうと思う理由の一つは間違いなく彼女である。

一目惚れは本当にあるのか?問題はしばしば議論に上がる。人によって容姿の好みはあるにしても見た目だけで好きになるなんてあり得ない───それがかねてからの意見だったが、彼女に見事に覆された。

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一目見るだけで、分かることがある。この人とは気が合いそう、この人はいい人だ、そしてこの人を好きになるだろう、と。特に他言語の環境では会話からその人の性格を読み解くのは難しい。よって他の要素から人となりを読み取ろうという意識が強かったのもあるかもしれない。

とにかく、一目惚れは存在した。この先またそんな出会いが訪れるのかも、再び彼女に会って今度こそ望むような会話ができるのかも分からない。ただ心のどこかで、私の一目惚れは生涯彼女だけにしておきたい気がしている。どうせなら、思い出の中だけでもそれくらい大切にしておきたいのだ。