緊張した面持ちで指輪を渡す彼。思い出は今も鮮明に覚えている

「わか。俺と付き合ってほしい」
シルバーの指輪を手にした彼が、緊張した面持ちで私に目をやった。
「うん」とその指輪を手にした私。
今でも本当によく覚えている。

私はネットゲームで一人の男性と出会った。メッセージのやりとりを続けていくうちに、彼に惹かれていった。
メールアドレスを交換し、彼とメールのやりとりを頻繁にするようになった。大のアナログ派だった私は携帯依存症なんて無縁だと思っていたのに、この頃からガラケーを手放せなくなっていた。いつも携帯をそばに置き、こっそり見て返事がないかを確認する。返事があるとそれだけで嬉しくなった。
メッセージのやりとりから通話のやりとりへと変わった。その時はガラケーからスマホに変えた頃だった。LINE通話が無料ということもあり、誰もいないことを確認して通話をする頻度も増えていった。

あれからもう10年が経った。それでも私は彼との思い出を鮮明に覚えている。
なぜなら私が初めて恋をした相手だったからだ。

初めて好きな人からもらった指輪。別れるまで、綺麗に磨き続けた

2013年1月18日、初めて彼と直接会った。
彼が水族館に行こうと誘ってくれたのだ。嬉しかった。会う前からすでに好きだったからだ。
私は張り切って手作り弁当を作ることにした。母から教わった海苔の入った卵焼き、バラ肉と玉ねぎの黄金のタレ炒め、玉ねぎたっぷりの野菜チャーハン、いろどりを気にしてベーコンも入れてと前日からメニューを入念に考えた。
初めての遠足気分であまり眠れず、朝5時に目覚めた。自分がこれほど張り切っていることに内心驚きもあった。
そして彼と初対面。第一印象は……全然かっこよくない!
帽子を深く被り、照れ臭そうにしている彼は12歳年上。
もう若くないのは見た目でもわかる。でも、困った犬みたいな顔で、親しみやすそうな顔だと思った。そんなことを思っている私をよそに、彼は「写真でも十分可愛かったけど、実物の方がずっと可愛いな」と、なんの躊躇いもなく笑顔で言った。恥ずかしげもなく私をサラッと褒めてくれて、驚きと恥ずかしさで小さな声で「ありがと」って言ったっけ。

水族館はとても楽しかった。もともとお互い水族館が好きだったこともあり、生き物の話で盛り上がった。
私のペースに合わせて歩いてくれて、人が多い時ははぐれないようにと手を握って歩いた。弁当を食べる時は、ベンチに赤い薄手のマフラーを引いてくれた。彼は「美味しい美味しい」と何度も言って食べていた。
幸せだった。満たされた気分になった。最高の1日だった。

それから数週間後、また彼と会うことになった。彼は小さな箱を私に渡した。
私の誕生石のエメラルド色の石が入った輝いたシルバーの指輪だった。
指輪の裏側には「2013 1 18 アキラ to ワカ」と、初めて会った日の日付と名前が彫られていた。
初めて好きな人からもらった指輪。彼と別れるまでの3年間、この指輪を綺麗に磨き続けた。
もう彼と水族館に行くことはないだろう。

ずるい女かも。けれど、思い出をなかったことにしたくない

あれからもうずいぶん経つ。
くすんでしまって、もらった時のような輝きはなくなった指輪。でも、ふと目に入る位置に置いてある指輪は、捨てられない。
もう付き合うことがないとわかっているし、これから私が結婚したとして、他の男性に買ってもらった指輪が置いたままなんて嫌がられるはずだ。でも、それでも私はこの指輪は手放せない。

ずるい女かもしれない。けれど、私は彼との思い出を無かったことにしたくない。だから、これはずっと捨てられないし、この先も捨てる気もない。

指輪を見ると思い出す。恋したあの人と初めて手を繋いだ水族館。そういえば、風が強くてハゲると騒いでいる彼の隣で私は思いっきり笑ったっけ。夫婦岩を前に、また来ようねって言ったあなたの後ろ姿。
この指輪を見ると、そんな懐かしいあの日のことを思い出す。