満点の星空を見たのは、あの時が初めてだった。
冬の軽井沢。
お化け屋敷のような別荘が立ち並ぶ林の脇道。
街灯もろくにない、命の危機を感じるような寒さの中で、私は夢中で流れ星を眺めていた。
私は生涯忘れない。

◎          ◎

「流れ星見たことない?じゃあ今度見せてあげる。」
彼にそう言われたのは何度目かのデート中、確か池袋でプラネタリウムを見た後だった。
「本当に見えるの?」
「うん、夏は天の川も見えるよ」
正直さほど興味はなかった。
星なんて小学校の理科の授業中、星座早見表で見たきりだったし、プラネタリウムで十分だった。
夏は暑い、冬は寒い、そんな環境でわざわざ本物の星を見に行くなんて…。
(平安時代の人か、皇族の方か)
内心少しだけ馬鹿にしながら、勤め先の自然を語る彼を見ていた。

「来てくれてありがとう」
なんだかんだ言いながら私は冬の軽井沢にいた。
駅からすぐのアウトレットはクリスマスムード一色。
人工的なイルミネーションが強烈に輝いていた。
「せっかく来てくれたから」という理由で連れて行ってくれた高原協会ではたくさんのキャンドルに明かりがともっていた。
時間がある人はぜひ「高原協会 キャンドルナイト」で画像検索をしてほしい。
なんてロマンチックなんだろう。
やっぱり星よりも計算されて作られた光の方がいい。
軽井沢の鉄板デートコースにしっかりやられていた私は本気でそう思っていた。

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「…ねぇどこに行くの?」
観光地から車で20分程。
彼のスマホ画面のカーナビには開けた場所しか映っていない。
てっきり展望台のような場所へ行くと思っていたから、先程までの雰囲気とは打って変わって、私は不安を感じていた。
土地勘もない、真冬の森なんかに置いていかれたらまずい。
「ついたよ」
案の定、彼は畑と森の間の道に路上駐車をして車から降りろという。
周りにコンビニや街灯の明かりはない。
「まだ上見ないでね」
えぇ、あなたの行動を見ています。
後ろから殴られたりしないように。
可哀想に、彼氏に思うことではなかった。
「ほら見て」
少し誇らしげな彼の声で覚悟を決めて、顔を上げた。

あれからしばらくの間、私は「君の知らない物語」ばかり歌っていた。
言葉では言い表せない。
イルミネーションもキャンドルも敵わない、一瞬だけど強烈な輝きがあった。
流れ星にしようと思っていたお願い事も、彼のことを疑ったり馬鹿にしていたことも、刺すような寒さも全て忘れて、ただひたすら夜空を見上げていた。
「もう寒いからそろそろホテルに行こう」と彼に言われても、ずっと見ていたかった。

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残念ながら別れてしまったけれども、都会や住宅街では味わえない体験をさせてくれた彼には本当に感謝している。
「子育てが落ち着いたら阿智村に星を見に行こうよ」
「寒いのは嫌だよ」
結婚した主人は寒がりでめんどうくさがりのため、寒空の下で2人きり、流れ星を見上げることはきっとこの先の人生で二度とないと思う。
夜寝る前、戸締りを確認する時に何もない空を見る。
また流れ星が見たいなぁ…。
どんなイルミネーションを見ても、どんなにプラネタリウムの技術が発達しても。
あの星空を超えることはないだろう。