人見知り、引っ込み思案、内向的、過去の私を表す言葉だ。

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そんな私は物心ついた時からテレビ業界に興味があった。きっかけは3歳の時、某子供向け番組に出演したことだろう。元々大のつく人見知りな癖に、日課の某子供向け番組を見ては
「私の方が上手く踊れて、楽しそうにできるのに……」と思っていて母に何度も出演したいとせがんだのを覚えている。

私が出演したかった番組は年齢的にNGだったらしく、別の番組ではあるが、見兼ねた母が応募して連れて行ってくれた。3歳だったのに当日の出来事を未だに覚えているくらいには嬉しかった。また当時の友達には羨ましがられ、親や親戚からは褒められたことでもっとテレビに出たい、そう夢を見るようになった。

しかしながら、そういった気持ちは持っていながらも私は授業で指名されて答えが分かっていても一言も発せれない程人前に立つことが苦手だった。

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そんな私だったが、学生時代はずっとテレビ業界への憧れは消えず夢を見ていた。とは言え母が厳しかったことと、成長していく中でテレビに出れるほどの美貌も才能も持ち合わせていないことは分かっていたので18歳で実家を出るまでの間、何も行動できずにいた。

晴れて一人暮らしとなった18歳の私はまだテレビ業界を夢見ていた。単純にテレビ番組が好きで、制作に関わる一員になりたい、出演者ではなく裏方になろう。そう決めた私はとりあえずどんな仕事があるのか見学するところから……とすぐに番組協力募集サイトに登録した。

2週間に1回程度のペースで番組観覧へ参加して1年程経った頃、番組協力募集サイトから大学生アルバイト募集のメールが届いたのだ。これはさらに裏側を知るチャンスだとばかりにすぐさま応募した。仕事内容は観覧客の受付・誘導。採用予定枠2名、1次書類審査、書類通過者のみ2次審査面接。

絶対に受かりたい、その一心で気合を入れて枠いっぱいに志望動機を書いた。1次審査通過の連絡があり、2次審査の面接は大の苦手だったので尊敬するアナウンサーさんになりきって明るくハキハキと、まるで別人が憑依したかのような私で臨んだ。

それが功を奏したのかは分からないが無事採用となり、裏方としてテレビ局に潜入できることとなった。

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私が観覧に行っていた番組の観覧客は毎回20名程度だったのだが、アルバイトで入ることになったのは観覧客300名規模の番組だった。まずは来場者の受付、簡易的な注意事項含めた説明、待機場所への案内をいかに効率よく、来場者に分かりやすく案内できるかが勝負。

その後はスタジオ内へ誘導。それだけの大人数ともなると、後ろまで聞こえるようにとにかく大声で誘導の指示出しをしろ!というのがメインの仕事で決まり文句を言うだけではあるが、人前で声をだすことが苦手な私は最初は苦労した。最初のうちは恥ずかしくて喋り出せず怒られたり、声が小さすぎて何度もやり直しさせられた。

それでも1年程経てばそれも日常となり、人前で話すことに対する苦手意識がなくなった。お腹から大きな声が出せるようになり、カラオケでも声が出るようになったし、見ず知らずの300人を何度も相手にしてきたので人見知りもなくなった。

老若男女いろいろなお客様がいたので、相手のレベルに合わせて理解してもらえるよう考えながら、端的に説明することも得意になった。ひさびさに帰省すると母からはなんだか人が変わったようだねと言われた。

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結局、さまざまな要因があって就職でテレビ業界に入ることはなかったけれど夢を追いかけ続けた私を褒めてあげたい。夢や憧れ、好きのパワーってすごい。