私は多分、アルコールアレルギーだ。
というのも病院できちんとした検査を行っていない。アルコールアレルギー(仮)である。
以前、アルコール度数3%の飲料を飲んだ際、300mlの缶を半量しか飲んでいないのに、臓器という臓器がかゆくて仕方が無くなったのだ。私はキウイアレルギー(こちらは幼少期に診断済み)でもあるのだが、キウイを1口でも食べた際に起きる症状と全く同じだったため、アルコールアレルギー(仮)を発症して以来、お酒を呑まないようにしている。

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さて、世の中には「飲みニケーション」という言葉がある。アルコールアレルギー(仮)にとっては末恐ろしい単語だ。正直、私が社会に出るまでには廃れてくれ!と願い続けている文化だが、まぁ、そんな都合良く物事は動かないのである。

私は現在、映像制作のアルバイトをしているのだが、そこでも飲みニケーションが横行している。

その日は炎天下の中、1日中ロケを敢行し、面々は疲弊しきっていた。飲兵衛にとってそれはそれはおいしいお酒が飲めたことだろう。
上司がご飯を奢ってくれるというので、ロケ終わりに上司と2人で居酒屋に入店した。

店に入ると開口一番、
「とりあえず生1つ」
上司が注文をする。
「稲荷さんは?」
「私はカルピスお願いします」
私たち2人の注文を聞き終えた店員さんが厨房に消える。その瞬間
「やっぱ飲めない?」
そら来た、上司の「酒飲もうよ」アピールである。

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「そうですね、アレルギー出たら怖いですし」
「でもさ、お酒って飲めば飲むほど慣れるもんよ?病院行って検査したって訳じゃないじゃん。ワインなら飲めるって人いるし、稲荷さんも行けるんじゃない?注文してみようよ」
いやいや飲めば飲むだけ酒に体が慣れたという訳ではなくて、と私が反論をしようとすると、それを遮り上司は続けた。

「そんなんじゃあ田舎に行った時、やってらんないよ。田舎の人達はね、酒を飲んでやっとコミュニケーションをとる事ができるの。田舎で生活することになったらどうするの?」
意味がわからなかった。いや、何となく言いたいことはわかる。

私は大学で地域社会に関する分野を学んでいる。だからこそ「田舎」というワードを出したのだろう。だが、別に田舎に行ってスローライフ送ろう!とは考えていないし、むしろ生まれ故郷である都会の生活から離れたくない。
「いやー、田舎で暮らす予定無いですし、お酒飲めなくてもいいっかなーって」
と、適当にいなし、私はカルピスを飲み続けた。その日は眠りにつくまでこの上司とのやりとりが心にわだかまりとして残り続けた。

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私の家は両親共々お酒が飲めない家系だ。もし、人にお酒を進められたらどうするのか。父からは「お酒を進められた時は1杯だけ飲んでとりあえず「お酒を飲んだ」という事実を作るのが礼儀だよ」と教えられた。

以前、大学のゼミの食事会に参加した際も、1人だけ酒を注文せず、少しだけ気まずい空気を作ってしまったことがある。だからこそ「酒を飲んだ」という事実が必要だという父の教えはよく分かる。だがしかし、私の体質はそれすらも許さない。今は「アレルギー(仮)」という隠れ蓑に縋っているが、それすらも無理やり暴いてくる輩がこの先、現れたらどうしよう。

頼むから「飲みニケーション」という文化、廃れてくれ。せめて「飲まなくてもいい」世の中になってくれと願わずにいられない。