天気予報士が伝える「奄美大島」は、実感として耳に届く。同時に、窮屈な東京の自宅から、一瞬で引き戻される夜がある。グズグズ泣いた旅から一転、偶然が与えてくれた、スペシャルな夜だった。

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島を訪れたのは、大学4年の5月。同級生の彼氏と、授業が減ったのをいいことに、空いていそうなGW直後に飛行機を予約した。悲しいことにこれが大誤算で、多くの観光スポットは繁忙期後の長期休暇に入っていた。正直旅程の4割くらいはうまく楽しめず、唇を噛みしめる。

もともと就活疲れを癒やすひとり旅であったことも、テキトースケジュールの原因だった。自分1人ならその場のノリで行動するのだが、映画1本ですら連れが楽しんでいるか気になる性格。旅程中は、彼氏は楽しんでいるだろうか、期待外れだよな、などと勝手にプレッシャーを感じていた。

ちゃんと調べておくんだった、申し訳ないとかそんなことばかり考えて、ランチを探し歩きながら泣いた。私が悪いんだと、彼には気づかれないように。

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その晩、島での最後の夕食は、ホテル目の前の焼き肉屋さんに行くことに。昼間の涙から立ち直っておらず、美味しい肉でチャラにしようという算段だ。

のれんをくぐると、こじんまりとしたお店の隅におじさんが2人。調理場の奥から店主らしき男性がやってくると、「あぁごめんねぇ、今日貸し切りなの!」と私達に告げた。

……まただ。心の中で大きなため息をつく。ほんっとうにツイてない旅。心はささくれだって涙も出ない。ホテルでコンビニ飯を覚悟して出ようとすると、隅に座っていたおじさんたちが「いいよいいよ!一緒に飲もう」と声をかけてくれたのだった。

迎え入れてくれたのは、ひょろりとした人の良さそうなおじちゃんと、長髪のヒッピー文化を感じさせるおじさんだった。ひょろりのおじちゃんが島の仲間と集う予定だったが、誰もこなかったらしい。

お酒の場には馴染みがなく、ましてや知らない人と飲んだことなんてない。彼氏と一緒じゃなかったら絶対に首を縦に振らなかったが、つい「誰も来ないの可哀想すぎるだろ」と気がゆるんだ。

聞けば、今日のために仕入れた海老が11人分あるという。それは美味しくいただかねばと、焼肉屋の片隅、店主と5人で贅沢な大食いを始める。

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ヒッピーおじさんは聞いたことのない楽器の演奏者だった。コンサート出演のために日本中を転々としているらしい。ひょろりのおじちゃんとは東京で知り合い、帰省に着いてくる形で奄美にやってきたそうだ。

なんと、2人は成田空港から私達と同じ飛行機に乗ってきていた。しかも、帰りも同じ。さらにこうして偶然出会えるなんて、そんなことあるんだー!と意気投合して、ゲラゲラ笑いながら海老を平らげた。おじちゃんの気配りと優しさが詰まった海老は、見たことないくらい大きくて、焼くだけで最高に美味しい。あんなに警戒していたのに、私の頬は緩みっぱなしだった。

海老の殻が山盛りになる頃、おじちゃん行きつけのスナックに誘われた。美味しい料理とお酒のお礼を店主に伝え、外に出る。ホテル前の大通りだからすぐにタクシーが見つかり、「私はこれで…」なんて言う間もなくポンポン放り込まれた。

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酔っ払い相手だからか島のおおらかさか、なぜか後部座席に4人乗り。助手席には、スナックのママにおすそ分けする海老が座らされている。いやいや運ちゃん、止めないの?と心のなかでツッコんだが、今夜は起きること全てが法外すぎて、いちいち処理していられない。

座席は結局狭くて座れず、私は彼氏の膝の上で運ばれた。一夜限りの出会いと、ぎゅうぎゅう詰めのタクシー。運転に合わせてぐわんぐわん揺れる体も、きっと最初で最後だ。

街はひっそりと寝静まり、ホテルとスナックだけが煌々と光っている。生ぬるい風が、ほてった体をあちらこちらへ運んでいく夜だった。目の前では2時間前まで他人だったおじちゃんが、よろよろスナックへ吸い込まれていく。

2時間前まで他人だった。海老をごちそうしてくれた。楽しい夜に、楽しい旅にしてくれた。その光景ぜんぶを忘れたくなくて、しっかり覚えておけよと今にも閉じそうな目に力を入れる。

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次の日、おじちゃんたちは空港まで送ってくれた。車じゃないと行きづらい観光地まで巡ってくれるおまけつき。成田空港につくと、出会えてよかった、楽しい夜だったと握手をして別れる。ヒッピーのおじさんは「旅での出会いは一期一会」とでも言わんばかりのさっぱりとした別れだったが、ひょろりのおじちゃんは学生2人との別れを惜しんでくれた。私も楽しかった、本当にありがとう、またどこかで。
グズグズ泣いた旅の記憶は、一晩でスペシャルな思い出に変わった。