私は口紅を1本使い切ったとき、どんなシチュエーションでその色を唇にのせたか思い出す癖がある。Diorの鮮やかなフューシャピンクのルージュとお別れをしたときは、学生時代に過ごした騒がしい夜の出来事が浮かんだ。
「よくテキーラに溶け込んだリップだったな」と。
「金曜日に飲む予定がないなんて耐えられない」
これは20歳のしょーもない学生だった私の発言。
「1番好きなお酒ですか?バーボンです(ドヤ)」
こっちは社会人生活に慣れ始めた20代半ば。
「お酒は家では飲まないです。外出したら飲むくらいで」
現在29歳はこんな感じ。
このどれもが偽りのない本音で、私とアルコールとの遍歴を表してくれている。
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アルコールに関する失敗談の1つや2つは誰にでもあるもの。
「もう2度とお酒なんか飲まない!」とトイレに座り込んで反省した3日後、友人と居酒屋で笑い合っているなんて珍しくない。
「こんな靴捨ててやる」と呪ったハイヒールを性懲りもなく履くのと一緒だ。
アルコールやハイヒールの魅力に打ち勝つのは容易ではない。
それでもこの約10年を振り返ると、明らかに私とアルコールとの関係性は変わった。
化粧が薄くなるスピードと比例して、アルコールが私の思い出の瞬間に映りこむことも減ってきたように思う。
そしてもう1つこの2つが似ているのは、表立って出てこなくなったようで、実はこだわりは増しているということ。
化粧をし始めたときより圧倒的に現在の方が化粧品に費やす金額は上がっている。
お酒も飲む頻度は減っても、飲みに行ったときにはそれなりの出費がかかっている。
何を自分の肌にのせる、そして体に入れるのかに敏感になったということなのかもしれない。
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先日、繁華街を歩いているときに目にした有名チェーン店の飲み放題価格。
外から見えるように窓にデカデカと「2時間飲み放題1980円」と貼り出されていた。
安っ!と思ったが、3日と空けずに飲み歩いていた20代前半のときにはその感覚はなかっただろう。
なんでもいいから飲みたいという価値観が、自分の雰囲気や肌質にあった化粧品を吟味するのと同様に、美味しく楽しんで飲みたいという価値観へ変化していったのだ。
周囲の友人を見ていてもその変化を遂げているように感じる。
夜に会ったら飲む、大勢で集まったら飲む、という安易な考えはいつしか消えた。
今日は飲もう、今日は話をメインにしたいからやめようなど、アルコール導入の方程式は複雑化している。
ひと言でいえば、量より質に変化した。
そしてそれは、アルコール対アルコールだけの話ではなく、比較対象はアルコール対会話、雰囲気、その日の体調など多様化している。
機会は少なくなったと言えども、これからも私の人生のハイライトでアルコールは登場するだろうし、唇にのった色もその中に溶け込んでいくのだろう。
これからもそっとグラスに移った口紅を拭いながら、そのときの会話もお酒の味も全て記憶に留めていきたい。