生きるのに向いていない、とよく感じます。
「向いていない」と感じるのは、精神的、対人関係的な問題が多いです。しかしそれだけではありません。
身体能力も、生きるのに向いていないくらい、どんくさいのです。

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小学生の時、両親に大型アスレチック施設に連れて行ってもらいました。
アスレチックの中の1つに、ロープで棒から吊るされた輪を渡って、泥の池の上を渡る、というものがありました。
そのアスレチックを半分ほど渡ったところで、私は輪の上から落下したのです。もちろん、落ちた場所は泥水の中。泥だらけになりました。

落下してからの記憶はほとんどありません。どうやって泥の池から這い上がったのか。汚れた服の着替えはどうしたのか。どんな会話をして両親と帰路についたのか。

でも、落ちた瞬間だけは、はっきりと覚えています。今いる輪から、次の輪までの距離をとても長く感じたこと。足場にしている輪から足を抜いて、次の輪まで脚をのばそうとした時、靴が引っかかって、自分の想定とは違う向きに体がねじれたこと。そのまま足も輪から離れ、ロープを掴んで手もロープから離れたこと。気が付いたら泥水の中にいて、靴や服の中に入った泥が、気持ち悪く感じたこと。
そして、とても惨めな気分になったこと。この気分は、落ちるシーンを思いだすたびに、今もゾクゾクと感じてしまいます。私以外の沢山の子供もアスレチックに挑戦していましたが、そこから落ちた子供はいませんでした。普通の子供なら、滅多には落ちないような簡単なアスレチックなのです。

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それから約10年後の大学1年生の春休み、サークルの友人と10数名で旅行に行きました。行先の1つに、森林の中にあるフィールドアスレチックがありました。木と木の間に張られたロープや、木に取り付けられた足場の板を渡っていくレジャー施設です。腰から命綱(落下防止用のワイヤー)を付け、施設の職員さんから命綱の付け方をレクチャーされた後に、練習用のアスレチックの実践です。
練習用アスレチックへ登り、1歩踏み出した瞬間、10年前にアスレチックから落ちて泥まみれになった瞬間がよみがえりました。
アスレチックに足を掛けるまでは、運動音痴の自分でも何とかやれるだろうと思っていましたが、1歩空に体を進めようとしたら、あの日のことを思い出してしまったのです。

これではとても自分にはできないと思い、結局練習用のアスレチックから降りた私は、本番のアスレチックも登らないことにしました。

一緒に来た友人には、昔アスレチックから落ちたことは告げず、
「高所恐怖症だから」
と言って。友人に気を使わせたくなかったので、
「大丈夫!みんなをゴールで待って、カメラ係としてみんなを撮影するね!」
とテンション高めに言うのも忘れずに。

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友人達は、森林の中のコースを進んでいきました。私は森の中で、みんながアスレチックを終えるのを1時間以上ずっと待っていました。安全上の理由で予約した私達以外の利用者の姿は周りにはなく、木の下でずっと1人でした。
春先でしたが、途中小雨も降ってきた森の中はとても寒く、それだけで泣きそうでした。最初はアスレチックに自分も挑戦するつもりだったので、コートも預けたままでした。なにより、どんくさくて、みんなを待つことしかできない自分が嫌で泣きそうでした

「なんで私はこんなどんくさいんだろう」
という惨めな感情が私を支配しました。
そして、
「なんでみんなばっかり楽しんで、私は料金まで払ってカメラ係なのだろう」
というような、もっと暗い気持ちが膨れ上がってきました。

結局この旅行は、私が経験した中で最悪な旅行として記憶に残りました。
その時私が撮影した写真を見返せば、アスレチックで躍動感のあるポーズをした友人たちの笑顔が沢山残されています。
それを見て、
「あの森林で1人にされた惨めな時間を返してほしい」
と考えてしまいます。

どんくさい自分は嫌いです。でも、もっと嫌いなのはみんなとの旅行を楽しみ切れなかった自分です。アスレチックができなくても、ポジティブマインドで、
「楽しそうな友人を撮れてよかった」「運動音痴な私でも、みんなの役に立った」
と自然に考えられるように生きていきたい、としみじみ思います。

20代になり、これ以上体に機敏さが備わるとは思いません。だからせめて、どんくさい自分を受け入れられるようになりたいものです。そして、どんくさくて、損をしたことも笑って受け流すことができるようになりたい。

そうしたら、今よりかは生きるのに「向いている」人になれる気がします。