「東京ってさっ、」と飲みかけのコーラ瓶を机の上に置いて、君が口を開く。

「何でもあるけれど、でも何にもないよね」と。

向かいに座っていた私は、自分のコーラ瓶を置いて、「確かにそうかもね」と相槌を打った。こう続けたい気持ちをぐっとこらえて。「何にもないけれど、私がいるじゃん」と。

きっとこの一言が空気に乗ってしまったら、ばれてしまうから。君にだけでなく、自分自身にも隠し続けてきた気持ちが。

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君と私は17歳だった。高校2年生の夏休みという、人生で最も青春の香りが立ち込めるその時期に、留学プログラムで知り合いになった。「東京は何でもあるけれど何もない」といった君は遠い地方の生まれかつ育ち。それに対して「私がいるじゃん」と答えたかった私は、生まれも育ちも東京で、その時から12年先の未来の今もずっと東京に住んでいる。

東京には何でもある。日本を代表する有名企業の本社は大抵東京で、経済の中心である。大学や研究機関も多く、学問の中心でもある。アーティストのライブやコンサート、展覧会・美術展はもっぱら東京で開かれ、科学館や美術館も数多く存在し、文化の中心である。観光名所も多く、外国人観光客が多く訪れ、外国籍の方も多く在住する、国際交流の中心である。数多のお洒落で美味しいレストランやカフェがある美食の街でもある。どこにいったって人だらけで過疎化とは無縁だし、どの街にも映画館、ラウンドワン、カラオケ等々があるため、遊びに行くプランには事欠かない。更に欲張りなことに、都心のせわしなさに心が疲れたら、最中心地の新宿駅から1時間も京王線にゆられれば、緑豊かな高尾山で自然を楽しむことができる。

何でもあるのだ。だから、私は17歳で君に会うまで、それが当然だと思っていたし、その便利さゆえ、「良い所に生まれたな、自分ラッキー!」くらいにしか思っていなかった。

なのに、なのに君は「東京には何にもない」という。

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君という存在との遭遇は、私にとって衝撃だった。

高校生になるまで、小学校・中学校と男の子に殆ど勉強面で負けたことがなかった私は、自分よりシンプルに勉強ができる男の子の存在に初めて出会った。しかも、単に勉強ができるだけでなく、君は発する言葉ひとつひとつが、スマートかつ聡明でユーモアに溢れていた。政治や文化面にも明るくて自分の意見をしっかりと持っていた。留学プログラムの合宿所で夜通し日本政治について、私のつたない持論と意見を戦わせてくれた。身長は高くて、顔はソース顔系イケメン。毎日学校帰りに海にダイブして泳いでいますというその身体は、東京の高校のクラスメートの男子の誰にも似ず、真っ黒に日焼けしていた。そして何より、私たちは夢を持っていた。私は、ジャーナリスト。君は、ここには書けないけれど、小さな頃からの夢であり高い目標を、誰よりも真剣に追っていた。夢を熱く語れる相手。そんな男の子の存在、初めてだった。

誰よりも誇り高く地元を愛していて、地元の素晴らしさについて語ってくれた君は、「東京の海は汚くて飛び込む気になれない」と笑う。地元に関する政治問題に関しては、浅識の私に、丁寧にそして熱っぽく語ってくれた。

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そんな君を見て、私気が付いた。私の地元は東京だけれど、君が地元を愛する同じような熱量で、東京を愛しているわけではない、と。私東京にそこまで執着していないのだと。「東京には何でもあるけど、何もない」は彼だけでなく、私にとっても真実だったのだ。でも、彼にとって東京が「何にもないけれど、まよがいる街」になってほしい。そして同時に私にとって東京は「何でもあるけれど、君がいない街」になった。留学プログラムが終わるころには、そう思ってしまう自分の気持ちに見て見ぬふりをすることは難しくなっていた。

留学プログラムから帰国して夏休みの終わり。友人に誘われて渋谷に遊びに行った。スクランブル交差点をビルの上から見ると、あまりの人の多さに頭がくらくらするようだった。この人々の1人1にそれぞれの人生があり、父がいて母がいて、兄弟姉妹がいるかもしれなくて、大切な人がいて……と考え始めると、その壮大さにより頭がくらくらしてくる。確かに私たちは全員その他大勢で、東京は何でもあるけど何もない、「他人の寄せ集め」な街なのかもしれない。でも、私は誰かに見つけて欲しかった。この人うごめく東京の中で、不特定多数のだれかでなく、私という個人を見つけて、「東京はまよがいる街」だと思ってくれるような誰かが。「住めば都」じゃなくて「まよがいれば都」と言ってくれるような誰かが。勇気がなくて、君には想いを告げることはできなかったけれど。そして君はその誰かにはならなかったけれど。

あの夏から12年が経った。君は大学に行ったのち地元に戻り夢を叶えたという。なんとなく連絡が取りづらくて言えなかったけれど、ずっと応援していたよ。本当におめでとう。 

願わくば、君が大人げなく今も元気に海にダイブしていることを、遠い空の下から祈っております。