半年ほど前、3年半付き合っていた恋人に振られた。「俺じゃ幸せにできない」「価値観が違う」。上っ面でなぞったような、別れ話の常套句をぼんやりと聞きながら、私は「本心からの言葉じゃないんだろうな」と感じていた。
まるで前々から用意していたような言葉を繰り返す恋人の話を聞きながら、ああ、本当にもう終わりなんだな、とどこか他人事のように話を聞いていた。
最初から違和感はあった。付き合って3ヶ月ほど経ってからは、夜に私の家にやってきて、朝になると予定もないはずなのに帰っていく恋人。ちゃんと付き合うのが初めてだった私は、付き合うって、こういうことなんだ。と自分に言い聞かせていた。付き合ってるってことは、好きでいてくれてるってことだよね。言葉は少ないけど、一緒にいてくれてる時間が全てだよね。付き合っていた期間は、幸せなようでどこかいつも薄っすら不安だった。
◎ ◎
「別れようかな」。何回も考えた。恋人に対して口に出したこともある。でも、別れられなかった。別れるということは、もう会えなくなるかもしれないこと。声が聞けなくなるかもしれないこと。大事にされている実感がずっと持てなかったのに、会えなくなるのが嫌で、どう頑張っても足掻いても好きだったから別れられなかった。
そんな曖昧な付き合いを続けている中で、転機となる出来事が起こる。私の母親は25歳で結婚をしており、時代が違うとはいえなんとなくその年齢を意識している自分がいた。
それまで2年半ほど付き合っていたが、将来の話や未来の話を一切しない恋人に対して、こう私は切り出した。
「25歳までに、結婚する気があるかどうか教えてほしい」
「結婚したいと思った時に付き合っている子と結婚する」
これが恋人の答えだった。恋人の未来に私はいないこと。わかっていたのにそれを聞いてもなお、私は核心を突く質問ができず、1年間、曖昧な付き合いを続けた。
◎ ◎
そして半年前、別れの日がやってくる。
その日は天気がいい日で、長かった冬がもうすぐ終わるような暖かい日だった。
早起きが苦手な恋人から、朝早くに「家に行っていい?」というラインが届いた。
家に招き入れると、いつも以上に神妙な顔をして、黙り込んでいる恋人がいた。
私がネイルを塗り直すのを待って、「別れたい」。はっきりとこう言った。
そこからは冒頭に述べた通りである。
今から思えば、自分はなんて馬鹿で愚かだったんだろう、と思う。でも、馬鹿で愚かだった自分だけど、3年半同じ人をずっと好きで居続けられたのは、間違いなく、私の青春だったと胸を張ってそう言える。
◎ ◎
楽しかった出来事もいっぱいある。一緒に行った花火大会、たわいないことを喋った夜更け、イルミネーションを見に行ってドキドキしながら2ショットを撮ったこと。記念日に行った温泉旅行。私が行きたいって言った場所に、イヤイヤながらもちゃんとついてきてくれたね。愛情が分かりづらくて苦しい思いもしたことがあったけど、シャイなところも好きだったよ。遊園地の帰りに結婚する気がある?なんて聞いてごめんね。私が就職してからは、余裕がなくて優しくできなくてごめんね。夜に電話したいって私が言ったら応じてくれて、どうでもいい話をいっぱい聞いてくれてありがとう。ずっと一緒にいたかったよ。どうか元気で仕事を頑張ってくれていたらいいな。
別れてからの私はというと、思っていたよりも健康で、思っていたよりも笑顔で過ごせている。ただ時々、好きだったな、と思い胸が苦しくなる。
振られた部屋で一人過ごすのがつらくて、一念発起引っ越しをした。前に住んでいた部屋よりもうんと広くて、快適だ。
自分の中で恋人の存在はまだまだ消えていないけど、行動をすることでしか未来は創れないと信じているから、明日からも自分の心に耳を傾けて、自分のやりたいことをやっていこうと思う。
次は、好きでも幸せになるためにちゃんと別れを選べる女性になりたい。