緊張の先にあったもの。それは夢中、だ。

先のエッセイにも書いたが、私は私の顔が嫌いだった。けれど、刀の彼氏を持ちイメコン診断を受けて、その感情と和解した。

ではその先で、何に夢中になったのか。

それは写真だ。ポートレート撮影の被写体になることだ。

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私は自分を遺したかった。変わった自分を、自分の顔を個性と認められた自分を、その存在の証明を遺したかった。価値観を映し出したかった。そうして私は、あんなに苦手に想っていたカメラの前に立った。

カシャリ。

初めてのポートレート撮影。自分から初心者だが被写体をやりたいとX(旧Twitter)でアマチュアカメラマンさんに声をかけ、場所や日時を約束した。

その日、シャッター音は切られた。思わず緊張で瞳を閉じてしまった。

「なんか、記念写真みたい」

カメラマンさんの第一声に思わず、なぜだか笑ってしまった。

多分、確かに記念写真だったんだろう。私が私として輪郭を持ち、産声をあげた日の。

ポーズも表情も何も知らないまっさらなままの私が映し出された、記念の写真。

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「固い、もっと笑顔で」

「腕を伸ばして。そう、もっと」

「猫背にならない」

指摘は次々と飛んだ。私はいつの間にか必死になっていた。1月なのに背中が汗をかいていたことを覚えている。

「これはよく撮れたかも。見てみる?」

液晶の中の私が、ちょっとひきつりながらも精一杯、いや、全力で笑っていた。片足をあげて、バランスを崩しそうになりながら、それでも楽しそうに、いや事実楽しく、笑っていた。

私がいる。画面の向こうの私は、こちらをひたと見つめている。そこには誰かと比べることのない、私の「可愛さ」があった。存在があった。

私は私。そう確信するために、そして私は私の存在を叫ぶために、カメラの前に立つようになった。気が付けば夢中になっていた。

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2023年 4月。時折、適応障害から発症したうつ病が私を侵食して、家から出ることすら億劫になった。被写体をやめたときもあったけど、それでも忘れられなかった。あの高揚感。乞うようにして願い立つときの、レンズを向けられるときのあの震え。小さなときめき。笑いだしてしまいそうな、歌いだしたくなるようなそんな興奮。自分が主人公になった時の、あの。

2023年 9月。主治医の投薬のおかげか、うつの症状がまた改善して、外に出られるようになった。

私は、少し迷いながらも、カメラマンさんにお声をかけた。

撮ってください、と。

受けてくれたカメラマンさんは、写真撮影を生業にしているプロのカメラマンさんで、その年の2月、1度だけ撮影してもらったことがあった。

最初は、その人に。なぜだかそう思った。少し怖かったのだろう。その人は、どうにかしてくれる。私という存在がどう曲がっていても、直線で曲がりようがなくとも、受け止めてくれる。映し出してくれる。そういう安心感があった。

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シャッターは予告なしに切られる時もあれば、予告されて切られる時のどちらもあった。変わらなかったのは、時間をおいても、距離を置いても、私は私であると叫び続けるこの「ポートレート撮影」が好きなのだということだった。

どうしようもない。これはもう、変わらないのだ。諦めて、笑った。ただひたすらに、笑った。

「 私が持っている、今あるもの全てを全力で差し出すから、私の輪郭を繋いで、紡いでください」。

そう思いながら今日もカメラの前に立っている。いつの間にか、己の輪郭さえ溶けそうなほどに、夢中になりながら。そして、緊張の糸がほどける。