「おい、コロナ!」周りを見渡しても、私以外誰もいなかった。私に向けられた言葉だ。それはちょうどコロナが流行り出した2020年の春だった。スイスの高校に通っていたとき、学校の帰り道で見知らぬ同世代の女の子にこの言葉を叫ばれた。

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今、私は就職活動中の大学生だ。英語を使って働きたいと思っている。また、自分と違うことは怖いからと避けるのではなく、違いを知って理解しようと思うようになった。こんな風に思うようになったのは、4年前の留学がきっかけだ。

高校3年生のとき、1年間休学しスイスに留学した。幼い頃からクラシックバレエを習っており、途中で挫折してしまったが、どうしてもバレエに関わる仕事に就きたい気持ちから、有名なバレエコンクールがあるスイスで、ダンサーのために通訳する仕事をしたいと思ったからだ。

スイスで留学していたと誰かに言うと、「じゃあ英語で話していたの?」と必ず聞かれる。スイスの公用語は4つあり、ドイツ語・フランス語・イタリア語・ロマンシュ語である。そのコンクールが開催されるのは、フランス語圏だ。

しかし、私が留学団体から派遣されたのは、ドイツ語圏であった。初めはショックだったが、フランス語圏という選択肢は与えられず、とりあえずスイスの空気を触れようと思いこの派遣先を受け入れた。

現地に到着してみると、話されていたのはドイツ語ではなく、スイスドイツ語だった。スイスドイツ語は、ドイツ人が聞いても理解できないくらいただのドイツ語とは違う言語だ。私は留学前にドイツ語しか勉強しておらず、ホストファミリーや高校の学生が何を話しているのか全く理解できなかった。ここでも挫折を味わった。

高校の授業中では、スイスドイツ語ではなくドイツ語で話さなければいけないというルールがあった。先生はもちろん、学生授業中に発言するときには、ドイツ語で話していた。しかし、先生の目がないグループワークでは学生同士スイスドイツ語で話していた。もちろん休み時間でもスイスドイツ語が話されており、私は理解できず友達を作るのも大変だった。

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スイスで暮らし始めてから初めての冬、留学団体が開催したスキー合宿に参加した。そこには、スイスに留学している各国の学生が50人ほど参加していた。初日には、留学中に起きた嬉しかったこと、不安なこと、挑戦したいことなどについてグループに分かれて話し合った。

学生は、ドイツ語圏とフランス語圏のどちらかに留学しているため、共通語は英語になった。当時相手の言っていることを理解することはできたが、自分の気持ちを話し合いの中で、英語でうまく伝えることは難しかった。間違えると他の留学生に馬鹿にされることもあった。このときの悔しさから帰国してからは、英語をもっと話せるようになりたいという気持ちが強くなった。

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春になると、中国でコロナウイルスというよくわからない何かが流行っていることをニュースで知り、日本にいる家族や友達からも聞いた。スイスではまだ流行っていなかったが、歩いているだけで街中で「コロナ!」と叫ばれたり、電車に乗ると服で口を覆って避けられることもあった。初めて受けたアジア人差別に、悲しい気持ちでいっぱいになった。

この経験から差別をされることで受ける心の傷の深さを知った。人が分からないことに怖さを持つことは当たり前だと思う。当時、コロナウイルスがどんなものかよくわかっていない人がほとんどであったと思う。そんな中で、アジア人がいるのは怖くて避けようという気持ちは分からなくもない。しかし、そこで怖いからと避けているだけでは、差別はなくならないと思う。相手のことを知ろう、理解しようという姿勢を取ることが大事だ。

留学中、多くの困難があった。しかし、それを乗り越えた今の私はその分成長することがているであろう。今は、得意になった英語を活かして、英語を使う仕事に就けるよう就職活動を頑張りたい。