繊細で傷つきやすい。これが「すごい行動力」の源だと気付いた瞬間

「よくそんなに行動できるね!ほんとすごい」
「行動の量とスピードが凄まじい」
「繊細で傷つきやすく辛い思いをたくさんしているのに切り替えが早い」
「利発なうえに、繊細な心を持ち、行動できる人はあまり多くはないから武器になると思う」
周りの人から言われた言葉の数々だ。
どうやらわたしは結構変わっている。
今や、自他共に認めている。変わっていることは素敵なことだと思う。
「普通」に生きることができず、悩んでいたのは10代の頃。
どうにか「普通」になれないか、ずっとずっともがいていた。
どうしてあんなにみんなと同じがよかったのか、今はわからない。
大人になった今は、「普通」になりたいとは一ミリも思わない。
どうかこの「わたしらしさ」をもっと爆発させて、 長所を伸ばしたい。
そう願うばかりだ。
そう思えるようになったのも、周りの大切な素敵な人たちが、
わたしの魅力を言語化してくれて伝え続けてくれたからだと思う。
そして、わたし自身も自分と向き合い、自分の性質や強みを認識できるようになったからだと思う。
もっともよく言われたのが、 行動力の高さだった。
それも行動力がある人はたくさんいるけれど、 わたしが秀でていたのは、「あまりにも傷つきやすいのに」という部分だった。
どうやら世間のマジョリティでは、 行動力がある人はポジティブだったり、気にしない方だったりするようだ。
確かに、行動し続けることはエネルギーがいること。
毎回凹んでいたら、行動を続けることはできないだろう。
でもわたしは、毎回ちゃんと凹む。 なんならすごくすごく落ち込む。
でもそこから行動を止めることはなく、 瞬間風速的にずうーんっと沈み、 すぐに回復していくのだ。
人はそれを、繊細な心を持っているにも「関わらず」行動力がすごい。
そう呼ぶようだ。
確かにわたしらしさだと思うし、そんな両面がわたしは好きだったりする。
結構珍しいもんね。
せっかくなら変えようとせず、 この能力を存分に開花させようってそう思う。
この特異な組み合わせが、わたしを他者とは異なる存在にしてくれていると感じる。
行動力の源は、繊細な心から湧き上がっているとも感じる。
長い間、自分の繊細な面に悩み、それが弱点だと思っていた。
しかし、逆にそれが強みに繋がっていることに気付いたのは、周りの人々の言葉を通じてだった。
「繊細で傷つきやすい」という一面が、行動力の源となっていることに気付いた瞬間だから。
傷つきやすいからこそ、他者の感情や状況に共感し、動きやすくなっている。
その共感が行動を促し、時には自分の感情と向き合いながらも前に進む力となっているのだ。
その結果、人々が「すごい」と感じるのは、普通の行動とは異なり、繊細な心に裏打ちされた行動だと思われる。
この特異な組み合わせが、わたしを他者とは異なる存在にしてくれていると感じる。
行動力の源は、繊細な心から湧き上がっているようだ。
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