例え予算が潤沢になくとも、できる限りのことはしたいと思う

――2020年にICの資格をとり、今年で4年目。何か変化を感じますか?

そうですね、インティマシー・コーディネーターとしての仕事は増え、今は作品を同時進行で6本担当しています……と言うと、儲かってるねぇと言われることも多いのですが、正直、ICの仕事だけでは食っていけないので、他の仕事もしています。

そもそも予算が少ない作品も多く、作品次第ではあるけれど、例えば1作品において2,3回立ち会うかどうか。その2,3回も他の作品とかぶってきたりとスケジュールが立てにくい。また、深夜枠とかは若手の役者なども演じることが多いので、例え予算が潤沢になかったとしても、できる限りのことはしたいと思う。という思いで手伝うと、スケジュールの都合で他の仕事ができなくなり、結局、収入としては不安しかない。

一度入ると「次もお願いしたい」という声が多い

――日本でのICの広まり方は、他の国と比べてどんな感じなのでしょう?

私はフランス、アメリカ、韓国の映画にもICとして参加しましたが、実は、日本が一番やりやすいです。もちろん課題はまだまだ多くあると思いますが「変わらないと」と思っている方も多いのかなという印象です。同調圧力に弱い日本人の特性もあるのかもしれませんが……。アメリカは、日本は、と比べがちですが、アメリカの現場は全てにおいて最高!ということでもないです。

西山ももこさん
ベルリンで開かれたインティマシー・コーディネーターの国際カンファレンスに登壇する西山ももこさん(左端)=2024年2月撮影

プロデューサーには「1回ICに入ってもらって、とても楽だったから、今後も入って欲しい」と言ってもらえることは多いです。プロデューサーにとっても、役者と演出側との調整は負担になってたんだろうなって思います。

他のスタッフも意見が言いやすくなり、結果的にさらに良いシーンになる

――ICがいることで、作品はどのように変わったと思いますか?

スタッフもこれまでは「おかしいな」と思っても、プロデューサーや監督との力関係で言えないことの方が多かったと思うんですよね。だけど、部外者の私が入ることでパワーバランスが崩れて、言いやすくなることも多いようです。結果としてさらに良いシーンになることもある。

例えば、「事後にブラとパンツだけの姿だけど、この場合だったらブラするかなあ?」と私が発したことで、他のスタッフや役者、監督も「確かに」「それならTシャツを着たらどうかな?」と会話が広がって、シーンがよりブラッシュアップしていくことが何度もありました。

また、必要な場合は振りを細かく指導するのも役者に喜ばれています。台本に「濃厚なキス」と書いてあっても、舌をいれるのか、いれないのか、役者が考えなきゃいけないことは多い。「撮影します、はいどうぞ」って言われても困りますよね。

遠慮し合ってエアーで触るより、しっかり触った方が演技もしやすい

ベッドシーンはどうしてもお互いに遠慮がうまれてしまう。エアーで触るより、しっかり触ってあげた方が相手もリアクションがとりやすい。ほかにも、話しておくことでスムーズにいくこともたくさんあるんです。「右手で腰をポンと触ったら、挿入したよという合図なので、声をだす」とか。そこを私が声をかけて調整していく感じです。もちろん、体に触れる際は必ず同意をとります。アクションシーンと一緒だと思っています。こう切られたら、こう転ぶ。決めておかないと危ないし、チグハグな動きになってしまう。それは結果として作品の質を落とすことになりますよね。

国内外のラブシーンを見て、ストック。「こういうのはどうかな」と提案

――デリケートなシーンがゆえに、コミュニケーションが難しいですよね。

役者の露出OKゾーンが決まっているなかで、シーンが増えてくると、どうしても行動、行為がワンパターンになってしまう。そんな時は、時に自分が動いてみたり、本や映像などを用いて動きや体位、見せ方などを提案をしていくことで、表現も広がるのかなって思います。イメージがわきやすいように、「こんな感じどうですか?」と監督に他の作品の映像を見せることもあります。イメージがあっていたら時に役者にシェアします。そうすることで、イメージがつかみやすくなる。ただ作品に引っ張られすぎてしまう可能性もあるので、気を付ける必要があります。

私もプロとして提案できるように色んな国のドラマや映画のラブシーンを見たり、魅せ方や動きなども勉強しています。特に韓国ドラマのキスシーンはきれいですよね、こだわりを感じる。だけど、日本だとキスシーンはお互いに顔を傾ける、する方が一方的に顔を近づける……とワンパターンになりがち。色んなキスシーンをストックして、作品にあわせて「こういうのどうかな」と提案するようにしています。

「嫌なこと言われたら、いつでもやめよ」という気持ちで働く

――今後のICの仕事との向き合い方を教えてください。

「もしなんか嫌なこと言われたらやめよ」くらいの気持ちでいつもやっています。「これで食っていかないと!」「次も呼んでもらわないと!」と思うと、言いたいことも言えなくなっちゃうから。撮影現場におけるパワーバランスを崩すためにいるのに、私がパワーになびいたり、パワーをもつようになったら問題だよなと。そこはとても気をつけています。

そうしたこともあり、ICの数はもっと増やしていきたいなとは思っています。ただ、先ほども話したように、ICだけでは食っていけないのも事実。「私が育てます!」と言えるもんでもないのですが、なんとかしないとなとは思っているんです。

そもそも、このICのトレーニングって100万円以上(7750ドル)もするんです。ICの集まりにいっても、非白人は圧倒的に少ない。もっと間口を広げていかないと、トレーニングを受けれる人だけができる仕事になってしまう。私もあと2人くらいは育てられるといいなと思っているんです。

今は薄利多売になっているけど、やり方を変えて、人数を増やして、食べていける仕事にしたいなとは思っています。

●西山ももこさんプロフィール

高校から大学卒業まで6年間、アイルランドで学生生活を送る。その後 はチェコ のプラハ芸術アカデミーに留学し、(教育学部ダンス科で7年を過ごし、)2009年からは日本でアフリカ専門のコーディネート会社にて経験を積み、2016年 よりフリーランスに転向。
月1~2回のペースでアフリカ、欧米、アジアでの海外ロケだけでなく、国内でのロケ、また国内外のイベント制作に携わる。

3/28発売!著書『インティマシー・コーディネーター--正義の味方じゃないけれど』

西山ももこ/論創社(1,980円)

『インティマシー・コーディネーター--正義の味方じゃないけれど』

俳優がより演じやすく。監督がより演出しやすく。 日本では数人しか従事していないインティマシー・コーディネーター。出演する側と制作する側のあいだに入り、おもに映画やドラマの性的シーンの内容について調整する。その仕事の詳細とは。そして、どんな人がいかなる思いで取り組んでいるのか。