2024年3月現在30歳。来月には31歳になる、しがない女性会社員。
暮らしに興味があり、24歳の時に突然「それに関わる仕事がしたい」「やってやれないことはない、やるかやらないかだ」と、若気の至りともいえる一念発起でとある住宅設計事務所に拾ってもらうところからこの人生がスタートした。

現在は注文住宅を取り扱う会社に、建築家先生のアシスタント的立ち位置で今日も図面を書いて務めている。
突然だが、私は建築に関係する学校は一切出ていない。通常、ハウスメーカーや設計事務所、工務店やゼネコンで設計に携わる人たちというのは専門学校や大学で建築を学び、
そうでなくても高校が専科であったり、すくなからずその道に関係する何かを学んでいるものだ。

なので、そんな人たちに囲まれながら素人同然の私が図面を書いている。書いているというよりも、打合せで決まったことを書き足しているに近い。

同僚や上司、建築家先生の仕事や会話を見聞きしていると、誰かの家を計画するということはとても奥深く濃度が濃い。その一人一人がそのご家族について、その背景について考えながら自らが持つ知識や経験、技術を魔法の杖のように駆使してどのように家づくりをしていくのかを語り合っている。

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その会話に「どう」参加していいのかわからないまま時間ばかりが過ぎている。私も計画できるようになりたい。追いつきたくて一生懸命降ってくる仕事に邁進しながら、彼らの当たり前を理解していく。
6年こんな調子で働いていると、いい家づくり(現在の私の定義では一人一人の望む暮らしに寄り添い、人生における自己実現の基盤となる家づくり)の会話に参加することが目的の一つでもあったはずなのに、いざ小さなチャンスが訪れても、おこがましさのようなものを感じてしまう。積み重ねているつもりが、厳しい世界ゆえに気持ちが自信喪失に喰われ始めている。

建築というのは知識や経験がなくては会話にもならなかったりするもので、わからないことを聞きたくてもそもそも言葉がわからなかったりする。専門用語が多く、しかも同じ言葉が複数の種類の意味を持っていたりするこの世界。近しい例を出すなら、耳で受け取る言葉は同じ「ハシ」だが持つ意味は「橋」と「箸」だったりする。少ない言葉で、知識と経験で文脈を読むように、状況からどの意味かを推測しながら何を実現したいのか相手の意図を読んで仕事を進めていく。

2か月前より以前の私は、この推測さえできずに一つ一つ確認する作業が必要で、それ以外に抱える問題も手伝って「スムーズに仕事ができない人」というレッテルを貼られてしまった。30歳という年齢、結婚や子供というライフイベント、親の老いなど年齢特有の悩みも相応に出てきた。自信喪失に加えて、この道を諦めるという言葉が頭の中でちらつく。

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そんな中、幸いにも期中からバディを組んでくれている上司が1から、いや0から丁寧に指導し向き合ってくれているおかげで、少しずつでもわからないことが減ってきたと実感できたのは、ほんの2か月前の話である。
今、レッテルは剝がれつつある。
現場監督の言っていることがわかる。打合せ担当者が私に何をしてほしいのか、目的がわかる。この世界に足を踏み入れた時以来、ほとんど初めて希望のような光が射した気がした。

学校で学ぶこと。建築士の資格を取ること。この二つが、頭の中に常駐するようになっていた。もっと早くそうしておけばよかったじゃないか。わかる。私もそう思う。
しかし建築士試験というのは、受験すること自体に資格が必要で現在は認可の学校を出るか実務経験を7年積まなければなれない決まりとなっている。この世界に入った当時の私は、7年働きながら実務経験を積んでその後に勉強して受験しよう、などと無知故大変ぬるい考えでいた。
もうすぐ7年目を迎える。ようやく受験資格を得て、ここから私は資格のための予備校へ行く心の準備が始まっている。

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状況改善のため、自分の自己実現のために常に強迫観念に駆られ、散らかった「やらなければならない必要なこと」たちに何とか整理をつけながらすべてを食おうとする私に、バディを組んでくれている上司が言った。

君は正しい。君は頑張っている。「今より良くなるためには」と教えたことをちゃんと考えている。だけど、一つだけ忘れられていることがある。
「1mm」。1mmでいいんだ。今より「1mm」よくなるためには。焦ることはない。君はちゃんと伸びている。人と違うキャリアの積み方。人と違う人生の歩み方。スタートラインが違うだけで今更焦ることもない。せっかくこの時代に生まれたのだ。

別の上司が言った。

勉強をするのに遅すぎるなんてことはない。そうだ、今日という日が一番若い。
やってやれないことはない、やるかやらないかだ。

まもなく31歳になる私は1mmを携えて、前へ進む。