先日たまたま近くに行く用事があって我が「なき」母校の高校の前を通った。
「なき母校」と表現しているものの、閉校になったわけではない。校舎は残っている。
しかし女子校が共学化し、校名も制服も校則も変わり、たまに見かける新しい制服の子はきっちり結ぶときまっていたはずの髪型も自由になり、禁止だった下校中の寄り道…スタバなんかで勉強しているのを目にしたことがあった。
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いざ校舎を前にしてみても、校舎は確かに同じであれど、門にあるのは見知らぬ名前。
なんだか「世にも奇妙な物語」の住人になってしまったみたいな…ここはまるでパラレルワールドのような。なんとも不思議かつ寂しい気持ち。
けれどぼんやりと校舎を見つめているとじわじわと心だけがあの頃へと緩やかに戻っていく。そんな中で時期的にも思い出したのは、卒業式前の小さな、決してドラマチックではないひとつのこと。
母校は行事ごとの練習が異様に厳しかった。
例えば卒業式で「全員起立!」と司会の先生がいったら全員「はい!」と声を上げてバッと一糸乱れず立ち上がる…それを横で先生がチェックしていて「〇〇さん遅い!」と叱られ、「礼!」と言われて頭を下げるその角度や頭の位置までも横からチェックが入る。
そんな練習を卒業式前に、1日中何度も何度も繰り返すのだ。
(ちなみに体育祭でも入場行進で歩いてくる生徒の降る手の高さやズレないようにチェックが入る)
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なかなか時代錯誤な、まるで軍隊のような光景だと思う。
でもその一糸乱れぬ様子をテレビ番組に取り上げられたこともあったから母校にとっては誇りであり、伝統だったのだろう。
完璧さを追い求める先生らの叱咤激励は続いた。
結果、私達は寄せ書きを書きあったり、仲の良い友達と手紙とプレゼントを交換したり、「卒業する」という実感はぼんやりとあるものの、感慨深さよりも、ただただ練習に疲弊している気持ちが強かった。
「早く練習が終わってほしい」と思うものの、そうすると女子高生としての自分が終わってしまう、それは寂しい。なんとも複雑な気持ち。
「あー、今日もまた練習やだなあ」
本来なら1日1日を噛み締めて過ごさなくてはいけない、卒業を控えた女子高生にとっての「1日」は、かけがえないものだとは分かっているけれど練習が面倒で、窮屈で、駅を降り「学校行き」のバス停までの足が重かった、卒業式当日まで一週間を切った頃。
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卒業間近にサボりなんて。
大人になったら後悔するかなあ。
大人がお金を出しても戻れない1日を無駄にしてるかもしれない。
そうは思いつつも、えいっと、別の行き先のバスに乗ってみたのだ。
何か目的があるわけではないが、ただ学校とは別のところに今は行きたかった。
学校が嫌いなわけではない、卒業するのは寂しいし、友達に「また明日!」が言えなくなるのも悲しい。
でもそれと卒業式の練習の面倒さは別であった。
ちょっとだけ、ちょっとだけ。気持ちをリフレッシュする為の小さな逃避行。
でももちろん目的があるわけではないので、終着駅のドトールの窓際の席でこっそりと甘いココアを1杯飲んで、友達に渡す手紙とイラストを書いて、外を歩く大人を眺めた。
大人になるのはなんだか嫌だな…と思いつつ再び「学校行き」のバスに乗り込んで、午後から何食わぬ顔をして卒業式の練習に加わった。
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友達らの「どうしたのー?」「来ないかと思って心配したー」と言う声に罪悪感はあったけれど「えへへ」と笑ってごまかした。
そしてその後はいやいやながらも卒業式の練習に参加し、本番を迎えた。
大人になるのは嫌だったけれど抗えることなく大人になったら最近、高校生の頃をふいに懐かしむことがある。
私も年を取ったのかもしれない。
プリクラ帳や卒業アルバム、授業中に回した何気ない内容の手紙を眺めて恋しく思う中で、あの日サボりの記憶を思い出す。
「大人になったとき後悔するかなあ」
そう思いながら別のバスに乗った。
でも高校生の頃は恋しいけれど、別に後悔はしてないと思った。
でももし今あの春に戻ったとしてもきっと私は同じ選択をしたような気がする。
尾崎豊じゃないけれど、10代だもん、抗って、縛られるものからひょいとはみ出していってよかったんだ。
あの少しのサボりさえも、みずみずしく二度と戻らない学生時代の1ページだったから。
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余談になるが、卒業式の思い出の歌といえば「仰げば尊し」「贈る言葉」などしっとりとしたバラードが定番だ。
しかし私の母校では軍隊の如き厳しい卒業式を終えると食堂で生徒会らが主催の立食パーティが行われるのだが、みんなやはり練習、練習、練習に相当窮屈さを感じていたのであろう。
生徒会らが立食パーティの場でみんなで歌う曲は当時大ヒットしていたゴールデンボンバーの「女々しくて」だった。
胸元に花をつけたまま、涙も乾くほどぴょんぴょんと、鬱憤をはらすように、立つ鳥跡を濁さぬように、飛びまくる姿はなんだか愉快で、卒業式とは結びつかぬアップテンポなこの曲を聞くたびに思わず顔がほころんでしまう。