こんなにも、自分の思うとおりにならないと感じた一年があっただろうか。

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結婚を機に移住した先で再就職して5年目を終えた。その間に第一子を出産し、産休・育休を経て昨年4月から復職。あっという間に1年が経った。

これからしばらくは、ベタに仕事と子育ての両立がモットーとなる。一年目は子どもが保育園であらゆるウイルスをもらってきて、(何ならついでに親にうつって一家撃沈を繰り返すから)全然仕事に行けないよ、もどかしいけど頑張ってね、そんな言葉を先輩ママである友人や職場の同僚から幾度となくかけてもらったけれど、我が家も案の定ご多分に漏れず、だった。

朝、時短勤務の制度を利用して他の同僚よりも30分ほど遅めに出勤し、少し落ち着いた頃に「お子さん、38℃の熱があるんです。迎えに来れますか。」の電話呼び出し。この一年で一体何度経験しただろう。おかげで、電話をとった瞬間に、背後から子どもの声が混じった喧噪が聞こえるかどうか、随分と敏感になってしまった。

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上司に事情を説明し、仕事のスケジュールを確認した後、足早に職場を去る。場合によっては仕事が立て込み、呼び出しから1時間以上たってようやくお迎えに行くこともあった(さすがにそのときは、保育園の担任の先生から「遅れるならいつ頃になるか連絡をください」と少し注意された)。周りは大変だね、気を付けてね、と言ってくれるけれど、実際そういう人が部署にいると迷惑、という思いは誰しも抱くのではないだろうか。

さほどのキャリアもない小さな子を持つ親を正規職員として高い人件費で雇うより、子育てにひと段落した人をパートなどで雇用した方が部署のパフォーマンスは上がるのではないか、急なお休みをもらう度に、そんなことを思った。

いつもよりずっと静かに感じる平日の穏やかな昼下がり、早退した子どもを寝かしつけながらも常に脳内は仕事のことで、「これもできていない、あれもできていない」ばかりが頭をよぎった。

その一方で、そうまでしてしなければならない仕事が世の中に一体どれほどあるのだろう、という思いも常に抱いていた。

仕事は誰か代わりがきく、でも子どもの母親はあなただけだよ、といった言葉を聞くと、私はなんでそんなに仕事が気になるのだろう、とますますわからなくなった。結局、仕事の時間とそれ以外の時間とで脳細胞の切り替えがスムーズにできず、どちらも中途半端に残っている状態で、何かと失敗ばかり繰り返していた。

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悶々としながら、翻弄されながら、光のような速さで過ぎる日々。なんとかしたくて、できるだけいろいろな人と話したり、学んだり、もがき続けた1年だった。そして最近になってようやく、私は不安要素しか見ていなかったんだな、できていないことばかりにフォーカスしていたんだな、と気付いた。

卑屈な気持ちになればなるほど、全てが思い通りにいかないような感覚に陥り、自分が着目する事実も「ヨクナイ・デキテイナイシリーズ」で構成されていたのだと思う。

子育ても、仕事も、いろいろなことがあるけれど、起こったことをどう捉えるか、その解釈も全て自分次第で、如何様にも変えられる。見方は無限にある。その考え方を知ったことで、一筋の光が見えてきた。

ものの見方ひとつで意外と日常は変わるもので、子どもの体調不良は自分が少し休みたいというサイン、仕事に感じる苦しさは、働き方を考えるきっかけ、そんな視点を得ると、これまで焦燥感と不甲斐なさにまみれていた日常が、少しずつ面白いようにも見えてきた。起こっている事実に特段の変化はないかもしれないが、それをどう感じるかは自分の色メガネ次第なのだ

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そう思うと、苦しかったこの一年もきっと必要なものなのだろう。去年できなかったことが今年はできた、そんなジャンプ台の役割を果たしてくれるのかもしれない。

人生で起こることはすべて必然。今年はこの壁の先に見える世界を、少し味わえるようになりたい。もしかすると、今の自分が予想だにしないキャリアを歩むのかもしれない。今まではそれが怖かったけれど、少し楽しみだな、と思える年度の切り替わり。きっといい一年になると信じている。