母がタバコを吸う時間は、私が唯一母を独り占めできる時間だった

タバコの匂いと聞くと、誰もがマイナスなイメージを思い浮かべると思う。
匂いがきつかったり、気持ち悪いということをよく聞く。だけど私は喫煙者でもないのにこのタバコの匂いが好きだった。
理由は母親を思い出すから。
三姉妹の真ん中という複雑なポジションに生まれた私は、幼少期から不毛な日々を送っていた。
姉は性格も怖がりな慎重派で、とても繊細。妹はわがままで、末っ子だから無条件に可愛がられる。2人とも違うタイプの手がかかる子供だった。
そんな2人に挟まれ育った私はおとなしくて一人遊びが得意で、割と物事を満遍なくこなせるタイプだったから基本的に放任されていた。
だからこそ構ってもらいたかったし、話したいこともたくさんあるのに、姉と妹がずっと母と話したり面倒を見てもらっていて、いくら待っても自分の番は回って来なかった。母に甘えたいのに、歳の離れた妹がべったりでなかなか近づけず、寂しくてもどかしかった。
真ん中っ子なら誰もが共感する、あるあるな事。
そんな私が母を独り占めできたのは、母がタバコを吸っている時だけだった。
いつもキッチンの換気扇の下でタバコを吸う母は、その時だけ私の話を聞いてくれた。その時だけ話を聞いてくれた、というとちょっと語弊があるが、1対1でゆっくり目を見て話せるのはこの時だけだった。
最初は「匂いがきついし、副流煙が危ないから近くに来ちゃだめ」と言われたけど、匂いを不快だと感じなかったし、幼かった私には副流煙が何か理解できなかったし、理解できたとしてもそんなの関係なかった。
とにかく母と話したくて。
母を独り占めしたい一心だった。
学校であった出来事や好きな人のこと、姉や妹には言えないような秘密もたくさん話したし、姉と妹の悪口も言った。
姉妹の前では無口な私がこの時は饒舌になるからか、母はよく笑いながら聞いていた。
それが嬉しくて、幸せで心が満たされた。
その瞬間があったから私は不毛な日々を耐えられたし、真ん中っ子として多少の反抗期はあったがグレずに育ったんだと思う。
社会人になり、一人暮らしを始めて少し経った頃、同期がタバコを吸っていてその匂いを嗅いだ時に母との思い出が脳裏に浮かんだ。
それからタバコの匂いを嗅ぐと心が満たされるような感覚になり、母を思い出す。
実家にいたときは気付かなかったが、どうやら私にとってタバコの匂い=母となっていた。
今までタバコの匂いを特に考えたことがなかったが、その日から好きになった。
三姉妹全員が成人したから、母を独り占めする機会なんてたくさんあるし、私もいい大人だから子供の時のような独り占めしたい気持ちなんてないのに、26歳になった今も変わらず、実家に帰るとキッチンの換気扇の下でタバコを吸う母に近状報告や色んな話をたくさんする。
その時間がたまらなく幸せで、心暖かくなる。
だからきっとこの先も続けるだろう。
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