高いビル、溢れんばかりの人、寝静まらない夜。どうしても好きになれず置いてきた都会の煌びやかさを、今では少し恋しく思ってしまう。
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関東に住んでいた頃のわたしはどこに行っても人が多いのが嫌いで、満員電車が嫌いで、自然が少ないのが嫌いで、排気ガスに溢れた空気が汚いのが嫌いで、夜の道を大声で話しながら歩いている酔っ払いが嫌いだった。そして自分の存在が代替可能であることが無性に寂しかった。高校と大学を決める際には、満員電車に乗らないことと自然のあるちょうどいい田舎であることが条件だったし、渋谷や横浜などの大都会には滅多に行かなかった。
就職を機に生まれ育った関東を離れ、人口1000人の町へ引っ越してきた。就職で絶対に関東から出ようと決めてやってきたのは、「ド」がつくほどの超田舎。近くのコンビニまでは車で40分、スーパーまでは車で1時間。どこか大きな街へ出るのに車で1時間はかかる。公共交通機関もろくに無く帰る足がないため、簡単に飲みに行けやしない。地域にはおじいちゃんおばあちゃんばっかで若い人なんてそうそういない。
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それでも、自然はとても豊かで、海もあり森もある。山の彩りや陽の長さに四季を感じ、自然とともに生きているという実感に溢れている。住んでいる部屋からは海が見え、朝起きると毎日鳥のさえずりが聞こえる。野生動物に会うことなんてしょっちゅう。漁村なので海産物も美味しい。ウニにホヤにアワビは、引っ越してきて初めて食べた。お刺身もどれも新鮮でとてつもなく美味しい。地域の人たちは優しく、わたしの顔を覚えてくれていて会うと挨拶したり話しかけてくれるし、たくさんのお裾分けもいただく。もしお金がなくなっても地域の人たちを頼ればなんとかなるだろうとさえ思っている。都会ではあまり感じることのなかった自然の生み出す風景の豊かさ、暮らしの中の人と人との繋がりの豊かさ、新鮮な魚介や野菜など食の豊かさに囲まれている。この環境がとても幸せである。
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でも心のどこかで都会を恋しく思ってしまう。関東にいる友達のInstagramのストーリーを見て思う。関東にいれば、電車に乗ってどこまでだって行けたんだろうな。何かチャレンジしたいと思えば、飛び込んでいける先、コミュニティが色々あるんだろうな。きっと会社に同期もたくさんいて友達も増えるんだろうな。仕事後の飲み会。休日に友達とカフェ巡り。自分のレベルアップのためのセミナーやイベントへの参加。あれだけ好きになれず、わたしが置いてきたヒト・モノ・コト・バショの物理的な豊かさが今では羨ましい。これが、離れてから気づく大切さってやつなのかもしれない。
そんな刹那的な感傷に浸りながらも、わたしは関東に帰りたいとは思わない。関東にいるときに感じた「ここににいてもわたしは幸せにはなれない」。この直感はきっと間違いではないはず。結局はないものねだりをしているだけなのだ。それでも思う。次に引っ越すときは、スーパーやコンビニが近くにあって、人がいる場所にも行きやすい、今いる場所よりも少し都会がいいと。