大学3〜4年生の間、老舗の焼肉屋でバイトをしていた。バイト初日は、伝統的なお祭りと日が被っていた為、大忙しだった。まかないは焼肉だった。初日からこんないいものを頂いていいのか。大した仕事をしてもいないのにと思いながら、まかないの焼肉を食べた。

自家製のタレとご飯がとにかく合う。お肉もとても美味しかった。客としても来たことなかったので、初めてバイト先のお肉を口にした。もうとにかく前の話なので、初めての感想は覚えていない。

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その日からたくさんバイトに入り、怒られる日もあったが、どんどんバイトにも慣れ、いつしかマスター(当時78歳くらいだった)からもキッチンのリーダーからも信頼を得た。後で分かったことだが、まかないに焼肉が出る日は、忙しくてまかない用のメニューを作れなかった日だった。2日連続焼肉なんてこともあった。しかし、それでも焼肉が大好きなわたしは嬉しかった。いや、焼肉が大好きと言うよりはバイト先の焼肉が好きだった。

元々脂が多いからと敬遠していたマルチョウだったが、バイト先の焼肉を食べるうちに大好きになった。バイトは楽しく、休みの日はむしろ出勤したくてたまらなかった。まかないが美味しいのはもちろん、仲間たちと仕事するのが楽しかった。暇すぎて眠くなる日もあれば、忙しすぎて気づいたらラストオーダーギリギリという日もあった。

お客さんから嫌なことを言われたり、食い逃げされたり、セクハラまがいなことを言われたりして嫌な思いをすることも、もちろんあった。その度みんなに励まされ、わたしは全く引きずることもなく、むしろ笑い話となっていった。

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大学卒業を期にバイトも卒業し、地元で就職をするため、バイト先に遊びに行くことも半年に一回くらいとなった。バイトを機に焼肉が大好きとなり、いろんな焼肉屋さんを巡った。しかし、バイト先の焼肉を超えるものはなかった。

コロナが流行り始めた頃、マスターの体調のこともあり、店が閉店することとなった。また会えるだろう。集まれるだろう。家まで遊びに行けばいいじゃん。そう思っていた。しかし、マスターは体調を崩し、入院し、そのまま帰らぬ人となった。

最後に会った時の風景は今でも鮮明に覚えている。あれが最後になるなんて。マスターにも、もう会えない。もうあの焼肉を食べることも、大好きだった自家製タレも食べることもできない。わたしにとってあの味は青春の味。

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あの味を思い出すと、大学時代の記憶が一気に蘇る。まかないは一生懸命働いた後のご褒美に等しかった。マスターには最初の頃はよく怒られた。体育会系の人だった為、厳しい人だった。けれど、仕事に慣れていくうちに信頼され、こっそり給料もがんばったで賞と記して多めにくれたりもした。

お給料が手渡しで、給与明細もマスターの手書きだった分、すごくすごく嬉しかった。最後の給与明細は今でも持っている。向こうはどう思ってたか知らないが、わたしの中では第二のおじいちゃんだった。ひょっこり遊びに行ったらまた会えるのでは?焼肉たべれるのでは?と思ってしまうが、叶わない。

しかし、わたしの記憶の中で、マスターも焼肉の味も、バイトで過ごした日々も、永遠に生き続ける。所詮バイト。しかしわたしの中ではかけがえのない人生の1ページ。本当に楽しい日々でした。まだ来るなと言われそうやし、今行っても怒られるだけなので、60年後くらいにまたみんなで集まりましょうね。