「ごちそうさまでした」と言ってダイニングテーブルから離れる。お腹がいっぱいなままリビングのソファーに腰掛ける。空っぽの茶碗は母が回収する。そして気づいたら洗い終わっている。これが我が家のスタイルだった。私も父も食器を流しに持っていくことはしない。この当たり前に疑問を持ち始めたのは一人暮らしを始めてからだった。

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一人暮らしを始めると自分一人で家事をしないといけない。当然ことだ。そして家事はとてもめんどくさいことだと気が付いた。自分の着る服だから、自分の食器だから、自分の部屋だから、片付けを仕方なくする。けど、もし、誰かの分も私がしないといけないとしたらめちゃくちゃ嫌だなと思う。これを母は当然のようにやっていた。何十年も。きっと今日も今もこの瞬間も父のためにやっている。私を送り出し育児がひと段落したとしても家事の量は変わっていないだろう。

私の両親は国民的人気アニメによく描かれるような感じで、父は外で働いて母は家事を担っているスタイルだ。だから父は家事にノータッチ。母は三食料理をして私が帰った時には三人分の洗濯をしてベットメイキングまでしてくれる。そのことに今まで疑問を抱かなかったのに一人暮らしをしてやっと、掃除洗濯のめんどくささに気がついた。だから帰省をした時に初めて自分の茶碗を流しに持っていった。でも父は相変わらず食器を放置してテーブルから離れる。

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父は旅行が好きだ。運転も上手。だから私が帰省した時には旅行によく連れていってくれる。父はアナログ人間だから●●トラベルといったサイトで予約することを知らない。テレビで見て気になるところがあると地図を広げて、パンフレットを広げて、紙に行き方をまとめる。その内容と自分の地理知識を頼りにいろんなところに効率よく連れていってくれる。美味しいお店もよく知っていて、気づけば行きつけの店の駐車場に到着していることもある。これに母は特に口を出さない。助手席で見守る。この景色も私にとっては当たり前で後部座席からいつも眺めている。

私が幼い頃、母が寝込んだ時、父が代わりに作ってくれたきつねうどんはとても不味かったのを覚えている。母が運転して温泉に行った時、道を間違えて予定時刻に辿り着けなかったこともあった。その当時はなんとも思っていなかったけど、いざ親元を離れて一人暮らしをすると、家事も働くことも運転も、どれも簡単でないことを思い知った。私の両親は見かけで言えば、父は家事を全くせず母任せで、「飯はまだか」と言うだけの亭主関白。母も母で父の尻に敷かれている。でも見方を変えれば、我が家はただ得意分野でそれぞれの役割を果たしていただけなのかもしれない。

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男性だから家事をするのはおかしい。育児を母任せにするのはおかしい。と、それを考えること自体がそもそもおかしい。

こう言った話は主語が大きくなっているだけのように思う。もしその家庭の旦那さんが不器用で、奥さんがお世話好きで家事をやっていたとしたら。それは得意なことを得意な人がやっているに過ぎない気がする。家事を全くしない父に疑問を一度は抱いたけど、凸凹な人間だからこそ、両親はそれぞれのできる役割を果たして私を育ててくれて、私が帰省した時は今も変わらずそれぞれのできることでもてなしてくれている。

一度親元から離れて初めて自分だけで生きてみて、そんな気づきがあった。
次の帰省では両親のそれぞれの特技がまた見つかる気がする。私の特技はなんだろう。