3ミリって絶妙である。明らかに成長が目に見えていたら3ミリをオーバーしてしまうし、現状維持すぎると3ミリに到達しない。成長したとは言い切れないが、考え方は変わった、みたいな自分の変化といえば。

最近、英語を勉強し始めた。と言っても、英語なんて小学生の頃から習っているから、勉強し始め直している、と言うのが適切かもしれない。
きっかけは、同じ職場の人が英語が堪能だったから。なんとも単純。もっと言えば、「え、まじ、この人が?」と意外な人物だったから、なんとなく悔しかった。

だって私は高校のときに英語に特化したクラスを専攻していて、それなりに英語ができた、にもかかわらず英語は話せない。

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How are you? と聞かれたら、I’m fine thank you, and you? と聞き返すだろう。間違ってはいないが、恐らくネイティブ間のコミュニケーションからすると正しくもない。これでは英語ができるとは言えない。
元英語専攻の心に火がついた。やってやる、私も英語を話せるようになってやる!と静かに炎をたぎらせ、英語のテキストを購入し、毎日のように英語音声の英語字幕でディズニー映画を見ている。シャドーングをしつつ、暇があればJAPAN TIMESを読んでいる。これがなかなかキツい。

高校生のとき、Communication Work(略してCW)という授業があった。ネイティブの先生(English Language Teacher、これも略してELT)とただ会話をするのだ。週末は何をしたか、というトピックから始まり、カフェでの会話のようにどんどんを話題を広げていく。その間、もちろん日本語は禁止。本格的なカンバセーションタイム。
言わずもがな、英語が出てこず言葉に詰まり、諦めて日本語で話そうとしてELTに怒られたことがある。流暢な日本語でこう言われた。
「英会話に通おうとすると、月に数万かかる。それをあなたたちは保護者のお金で自己負担額タダで受けられているんだ。真面目に取り組みなさい」
ごもっともである。恐らく彼も日本語教室に通って懸命に言語を習得したのであろう。"自己負担額"なんて日本語、日本人でさえあまり言わないのでないか。

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しかし当時はその言葉の重みも、授業のありがたみもよくわからず、辿々しい自分を曝け出してしまう地獄のような時間が過ぎるのを今か今かと待っていた。真面目に取り組んでおけばよかったなぁ〜と絶賛5年越しの後悔中だ。

英会話に通いたい。しかし、その背景が故に、プライドが許さずに英会話に通えない。
改めて英語を頑張ろうとする気持ちと、プライドなんて捨て去ってお金をかければすぐに上達するものを自力で何とかしようとする未熟さ、両方を掛け合わせていい感じに3ミリ新しい自分が今ここにいる。プライドがなければ1メートルくらい新しくなっているであろうに。
とはいえ私は絵に描いたような三日坊主なので、この炎がいつまで持つか見ものである。