こんなに「5月よ、永遠に続いてくれ!」と願ったことは初めてだ。
そんなことを願っても毎日はどんどん過ぎていくし、あっという間に5月も終わる。
窓を開けながらこの文章を書いているのだけどぬる~い風が入ってきて、もうすぐ梅雨の時期がやってきて夏になってしまうのだなと感じる。
5月で30歳を迎える私は、これがきっと最後のエッセイ投稿になると思う。

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これまでに投稿したエッセイを数えてみると、70作を越えていた。もし掲載していただければ、これが80作目となる。約2年半前、1作目のエッセイを書き終えて投稿ボタンをドキドキしながらえいっと、押したであろう当時の私は30歳になるまで投稿を続けることができたなんてきっと思いもしないだろう。
でも、本音を言えばあと少しだけ。エッセイの投稿をできることなら続けたかった。だから、ずっと5月であり続けてほしかった。もう少し早くこのサイトと出合えていたら良かったな、なんて考えても仕方のない「たられば」が頭の隅によぎったこともあったけど、20代前半の私がその時出合えていたとしても途中で投げ出していたかもしれないし、投稿可能な年齢の期限がもう少し先だったならば「エッセイを書いて気持ちを昇華させるのは今じゃなくても」と、優先順位が下がっていたかもしれない。
やっぱりあの時、「結婚って何なんだろう、幸せって何なんだろう」と悶々としていた27歳の私が「かがみよかがみ」のInstagramの広告に惹かれてページを開いてこのサイトに巡り合えたから。きっとあの時の私が出合ったからここまで長く続けてこれたのかな、と思う。

最初にエッセイを投稿したのは「このモヤモヤを言葉にして昇華出来たら」という思いと、「この経験がギフト券に変わったらラッキーだし、理不尽や苦しい経験をした自分自身も救われる」という思いがきっかけだった。でも書くことを続けたことでギフト券はもちろんだけど、それ以上の多くのものを私は得ることができた。

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エッセイを書き終えたものを自分で読み返した時の達成感とふわふわとした高揚感。
プロの編集部の方に読んでいただき、フィードバックを受け取った時の心がじんわりと温かくなる嬉しさ。

サイトを開いた時に自分のエッセイがトップページに載っていた時の嬉しい驚き。

私の言葉が画面の向こう側の誰かに届き、書いた内容について感想や、「元気をもらえました」という言葉をいただけたこと。

他にも同じようにエッセイ投稿を続けているかがみすとさん達がコンクールに応募して賞を受賞したり、著書を出版したりしている姿を見てポジティブな刺激をたくさん受けたし、エッセイがきっかけでファンだったかがみすとさんとSNSで仲良くなることができた。書ききれないくらい嬉しいことが他にもたくさんあった。
実際にエッセイを書いているかがみすとさん達と直接会えたこと、編集長やいつも編集をしてくださる編集部の方達と会えたこと、そして自分の書いたエッセイが直接触れることのできる本として形になったこと。エッセイを書いていなければ朝日新聞社に伺うことも無かったと思うし、書くことを続けていたから本来は出会うことのなかった多くの人達と出会えたことも、すべて私にとっての貴重な財産だ。

知らない誰かにも教えたくなるくらい嬉しかった事があった日も、死にそうになるくらい苦しかった夜も、書いて言葉にすることがどんな気持ちも軽くしてくれた。書くことで、子供の頃から悩み苦しんでいた過去や前職でのトラウマにも向き合うことが出来たし、過去の自分の頑張りを認めて受け入れることができた。言葉にしたことで過去への執着やトラウマも少しずつ小さくなっていった。自分の新たな夢を言葉にして宣言することでそれを叶えることも出来た。本当に「書くこと」にこの2年半の間、私は心底救われた。

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今までエッセイが採用され、頂いたギフト券は、最初はこれがエッセイを書く原動力の一つでもあったのに(現金なやつですみません)、いざ実際に頂くと使うことが勿体なくて、全部そのまま大切に保管していた。Amazonのサイトを開き、把握できていなかったギフト券の金額を確認すると、いつの間にかダイヤのネックレスが購入できるくらいの金額が貯まっていてめちゃくちゃ驚いた。それだけコツコツと書くことを私が続けてきたんだと思う。本当はおばあちゃんになるまでずっと大切にとっておきたい。でも、悲しいことに使わないままだと、どんどん期限が切れて消滅してしまうようだ。

よし、決めた。

エッセイがすべて掲載されたら、これまでに頂いたギフト券を使って、ずっと欲しかった0.1カラットのダイヤモンドのネックレスを自分のために買おう。

これまで「書くこと」を続けてきたことや、過去の苦しい経験と向き合い言葉にして昇華させたことの頑張りを自分で労うため、形に残る一生モノのネックレスを購入しよう。
恥ずかしながら、もう30歳になるというのに本物のダイヤモンドのネックレスは一本も持っていなかったし、いつか本物を身に着けることがずっと私の憧れであり、夢だった。これが実現すれば、エッセイを書いたおかげでまた一つ、夢が叶うことになる。きっと、今までも持つことが出来なかったのは、このとっておきのタイミングで手に入れるためだったのだと思う。

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梅雨が明けて夏がやってくる頃には、掲載を待っているエッセイたちも全て掲載されて、かがみすととしての活動は終了することになる。その頃には必ずネックレスを手に入れよう。しばらくは寂しい気持ちになるかもしれないけど、これまで続けてきたことが形になったものを身に着けていれば、これまでに感じたたくさんの喜びやエッセイを書くことで経験することが出来た思い出をいつでも思い出すことができるし、 絶対に忘れない。きっとこれからの人生の歩みを進める私のお守りになってくれると思う。

ここでたくさんの夢を見つけることが出来たし、言葉にすることでそれを叶えることも出来た。これからも「書くこと」はどんな形であれ続けていきたいし、夢も一つずつ叶えていきたい。
これまでに思いを形にした数多のエッセイとこれから手に入れると決めているダイヤのネックレスをお守りに、30代もその光に負けないよう、これからも輝き続けられるような私でありたい。

伊藤編集長、かがみよかがみの編集部の方々、同志のかがみすとさん達、これを読んで下さる画面の向こう側のあなたに心から感謝の気持ちでいっぱいです。
「かがみよかがみ」と出合えたおかげで、たくさんの宝物ができました。本当にありがとうございました。