「かっこいいね」「男らしい」言われ続けて、早20年。身長165cm、短髪の私。可愛らしさなんてとっくの昔に諦めていた私の元に、彼女は来た。

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チンチラ、という動物を、ご存知だろうか?猫の種類では無く、小動物のチンチラだ。最近だとテレビやネットニュースに出ていることも多いから、知名度は上がっていると思う。

彼女は薄いグレーのふわふわとした毛並みに、白いアイシャドウ、ルビーのような赤色のくりくりとしたお目目。嬉しいときに出てくる「ぷぅぷぅ」という鳴き声は、天使のよう。愛らしい見た目や声とは反対に、ケージのドアを開ければ、一目散に部屋中を飛び回る、お転婆さんだ。彼女を「ひめ」と名付けて、我が家にお迎えした。

最初は警戒心が高く、ケージの中から一歩も出てこなかった。しかし「可愛いね」「怖くないよ」と声をかけ続け、今や肩に飛び乗ってくれるほど、私に慣れてくれた。朝と夜のご飯タイムは、必ず私の膝の上に乗って、「早く出しなさいよ」と言わんばかりの顔で、待ってくれている。さながら私は、ひめさまの下僕だ。

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そんなひめちゃんには、かなり苦労をかけたと思う。

ひめちゃんをお迎えしたとき、体調を崩して仕事を休んでいた時だった。しかも当時同棲していた彼氏と別れ、実家へ出戻り。

出戻ったのは、初夏の頃。実家はかなり暑く、エアコンも効きづらい状況だった。チンチラというのは、ふわふわの毛並みに覆われているからか、暑さに弱い。だから暑さが辛かったんだろう、ご飯を全然食べなくなった。それでも気丈に振る舞うひめちゃんに「可愛いね」と声をかければ、嬉しそうにぷぅぷぅと鳴く。この子に無理をさせて、私は何をしているんだろう。心の中で責めて責めて、しんどかった。

病院にも連れて行って、親にも頭を下げて、エアコンをガンガンに付けてもらって。ようやく、ひめちゃんは元の食欲を取り戻し、モリモリを食べてくれるようになった。みるみるうちにまたお転婆で、可愛らしい姿を見せてくれるようになった。

「可愛いね。いつもありがとう。大好きだよ」

情けない下僕だが、いつもこの言葉は欠かさず伝えていた。お迎えした私の責務。可愛らしいこの子を守るナイト、いや、下僕?として、最期まで一緒に過ごす。そう誓った、真夏のあの頃。

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そんな真夏から、さらに1年後。私はひめちゃんと共に、二人で住めるアパートに引っ越した。2DKで、一部屋ずつ。エアコンは一つしか無いから、勿論ひめちゃんに譲った。二人だけのお城。ひめちゃんに渡せた部屋も、実家にいた頃の何倍も広い。ケージのドアを開ければ、ロケットのように飛び出して、ピョンピョン飛びながら、走り回る姿の、なんと可愛らしいことか。たくさん動き回ったからか、ケージの中に戻ったひめちゃんはおやつを食べたあと、すぐ倒れるようにして眠っていた。良かった、と私はホッと息をついて、部屋を掃除してから、退室した。

いつもひめちゃんに遊んでもらったあとは、手を洗う。だからいつものように洗面所に向かって、ふと、鏡を見た。

「……私、なんか可愛くなってない?」

ぽろり、とこぼれた。物心着いた頃から、見続けてきた顔。整形をしているわけでもないから、パーツが変わったわけでも無い。ただ、なんとなく可愛く見えた。

父譲りの白い肌に、眼鏡をかけたパチリとした目。厚めの唇。短髪だけれど、整えた、ツヤ髪。……あれ、可愛い要素しか無くない?と。

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言霊って、凄いと思う。私はひめちゃんと過ごしはじめた日から、ずーっと「可愛いね」と言い続けてきた。勿論、ひめちゃんに伝えていたつもりだったけれど……言った本人だって、同じ数だけ「可愛い」を聞いていたのだ。ひめちゃんという可愛いレディをお迎えしたら、私まで可愛くなっていた。