覚えているのは、ひとりでやって「期待はずれ」という評価ばかり
私が、本当に誰かを必要としたのは、自分では気が付けないほど追い詰められていた時だった。
元々、大抵の事は一人でできるしっかり者だった。それもあってか、頼るよりも頼られる事の方が多くて、誰にも頼らず自分ひとりでやり、勝手に期待外れだと評価をされて傷ついた記憶の方が印象的だ。
きっともらっていただろうたくさんの感謝よりも、手を抜いちゃったなという感覚と、そういう時に限っての期待外れという評価ばかりを覚えている。
そんな感覚を持っていた私にとって、頼るという事はすごくハードルの高い事だった。
頼る相手を間違っていないか、相手の負担になっていないか、どのくらいなら頼れるのか。そんな些細な気遣いをしてまで誰かに頼るより、私が頑張る方がずっと気軽だった。
それでも、誰かに頼らざるをえない時もある。私が初めてそれを痛感したのは、大学受験を控えた高校3年生の時だった。
限られた時間の中で、勉強をして、たくさんの道の中から、後悔のない進路を選択する。勉強する事は学校や塾でどうにかできても、私がどんな勉強をしたいのか、どんな職業に就きたいのか、答えのない選択をする事は私には重すぎた。
今振り返ると、それまで決定的な選択を避けていた私は、とにかく上へという意思だけで目標のない勉強を続けていて、ボロボロだったと思う。
それでも元々、頼る事が出来なかった私は、それに気が付くこともできずにいた。
受験でボロボロの私に声をかけてくれた友人に「ごめんなさい」
そんな私に声をかけてくれたのが、同じ部活をしていた友人だった。
相手からすれば、ただちょっとおしゃべりするつもりで、声をかけてくれたのかもしれない。でも、不安ばかりでどうにか耐えていた私には、その声が引き金となって、泣いてしまった。
そんな状況で私の心に湧いた感情は、ごめんなさいだった。
迷惑かけてごめんなさい、こんな私でごめんさない。
そんな私を前にして、その友人は特に困るでも驚くでもなかった。
ただ、私が話せる事を待って聞いてくれた。心配されるでも、励まされるでもない。
私が相手に期待する態度が見つけられないのと同じように、彼女も突然の事に対応できなかっただけかもしれない。それでも、そんな態度が私には心地よかった。
そして、私にとって、それは確かに相手への気遣いなく、私が私のために誰かを頼った瞬間だった。
「頼るなら準備しなきゃいけない」と相手にも自分にも負担だった
頼る事、私にとってそれは私にも相手にも負担になる事だった。だから、苦手だったし極力避けていた。
でも、頼る事を負担にしてしまっていたのは、なによりもいろいろ考えてしまい気負ってしまっていた私の態度だった。
私はこんな風にあなたに助けてほしいです。頼るならば相手の負担にならないように考慮する事は私にとって当然で、そこまでを考えて頼ろうとしていた私は、もう頼る必要のない状況までの準備ができていた。その頼る準備までが必要だと考えていた私には、頼る事のハードルがとても高かった。
でも、誰にだってふと準備なく助けが必要になるときがある。そんな時には、気負いなく周りに助けを求めたい。助けを求められる人でありたいし、相手の期待を探らずに助けてあげられる人でありたい。