20代なんてすぐに過ぎると言われてきたけれど、それは案外大人の嘘でもなくて、気がつけば25歳になっていた。「まだまだ若いからなんでもできるね」と言われていたのが、コロナ禍という内にも外にも行けない期間(文字通り)が過ぎてみれば「そろそろ身の振り方を考えてみてね」と言われるようになってきた。
人生での重要な項目は、おおまかに仕事・お金・健康・対人・趣味……だろうか?
これまでの5年間で、自分に合った働き方は大体わかってきた。それに伴い自分が1ヶ月生きるにあたって最低限度の金額も把握できた。
ライフスタイルの変化による人間関係の変化にも慣れてきた頃だし、なんとなく四半世紀生きた節目として近いうち婦人科検診にかかることにした。
趣味だって”支障をきたさない程度の狂い方”で楽しく過ごしている。こう考えてみると、人生における重要な項目は大体充実しているのではないかと思うほどである。
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じゃあもう20代でやりたいことなど、安定させていくことだけではないか?と思われるだろう。しかし人生には彩りというものが必要で、それぞれの人生の項目の間には隙間がある。その隙間を埋めていく必要がある……お弁当のミニトマトのように。
そのミニトマトを身につけることが残りの20代のうちにやりたいことだ。私の考えるミニトマトとは、遊び、またの名を嗜みだ。
今の世の中には、大人にしかできないことがたくさんある。例えば私の思う大人の愉しみは、1人で赤提灯に入れるか、旅をしているか、たまの贅沢や背伸びをしているか……とか。
今の私にはまだまだ1人酒の楽しさなんてわからないし、しっぽり呑むことなんて想像もつかない。見知らぬ土地に行くことが怖くて旅はおろかちょっとの遠出だってあまり経験はないし、自分なりの精一杯のオシャレをして少し敷居の高いところで食事やお茶をしてみたい。
これまでの社会人生活では、仕事と生活を自分の心地よい方向へ持っていくことに精一杯だった。夢と現実の区別をつけることに必死だった。
これからは、「大人の愉しみ」というものに挑戦してみたい。
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20代が終わっても、30代40代とまだまだ人生は続いていくのだと思う。でも今ほどの体力やフットワークの軽さや責任の少なさは持ち合わせていないだろう。
それに30代には30代の、40代には40代の仕事と生活のバランスを見つけ直す必要があるだろう。だから20代なりの大人の愉しみというものを覚えていきたいと思っている。
それに失敗しても取り戻せるのが20代だとどこかで読んだことがある。背伸びをして間違った嗜み方をしてしまったとしてもきっと若造の過ちでどうにかなってくれるのではないかと目論んでいる。
身の振り方をわきまえるのではなく、身の振り方を学んでいく時期として、20代の残り5年を生きていきたい。アラサーだなんだと騒いでしまう年齢になってしまったが、人生はまだまだ長く、私はまだまだ若い。
大人としての人生はまだまだ初心者なわけで、私がまだしらない大人の愉しみが社会にはあるらしい。まずは手始めに、お洒落をして薄暗いバーにでも。