眠れない。
眠りたくない。
眠りに堕ちたら、悪夢を見るから。

◎          ◎

いつからだったろう。
悪夢にうなされるようになって眠ると逆に疲れるようになった。

天文台で働きながら、論文を書いていた頃だろうか。
疲れるならいっそのこと寝ずに、論文の続きを書いてしまおうと思った。
そうしてほとんど寝ずに日々を過ごし2ヶ月ほど経って、心身ともに健康を損なった。

病院に行くようになった頃には睡眠薬無しでは眠れなくなっていた。
いくら疲れ果てても、いくら泣きじゃくっても眠れない。
少量の睡眠薬でやっと眠りに堕ちても悪夢にうなされ、病院の先生にそのことを伝えると複数の睡眠薬を処方された。

睡眠薬をいくつも飲んでようやく手に入れた悪夢のない睡眠。しかし代償として、日中は強い眠気に襲われ、記憶も曖昧になってきた。

仕事のミスは増える一方でそのうち職場に行けなくなって休職してそのまま辞めた。

◎          ◎

ニートになって、療養して、徐々に薬を減らして行くと再び、頻繁に悪夢を見るようになった。

天文台を辞めざるを得なかった不甲斐なさや後悔からか、悪夢は星空を見上げる夢だった。
とても美しく輝くニセモノのような星空を見て夢の中の私は喜んでいた。

けれど目が覚めると泣いていた。

ひどく怖く感じた。

夢の中で冬のうちは実際の空と同じく、オリオン座を眺め、季節が変わって行くと、蠍座を眺めていた。

「もうそんな季節か。はやいね」なんて誰かに笑いかける自分がいた。
眠りたくないなぁと思った。

◎          ◎

中学生の頃、眠れない夜は星空を眺めに行って満足するまで星空を堪能すると家の中でホットミルクを飲んだ。

高校生の頃も、大学生になって一人暮らしをしてからもそうだった。
星空を眺める生活を10年弱送ってしまったから、私は夢の中でも星空を眺めてしまう。
夢だった職を辞めた私を過去の私たちは許してくれるだろうか。
眠りたくない。

幼稚園の頃は、眠りにつけないうちに家族が眠ってしまうとひどく不安になった。

「みんな寝ているのではなくて、死んでいたらどうしよう」
「このまま目が覚めなかったらどうしよう」
「置いていかないで」

夜にひとりで取り残されたようで、暗闇の恐怖に勝てずに目を瞑ることもできなくて。
あっという間に涙が溢れて声を出して泣いては家族を起こして姉たちに怒られていた。
小さい頃から、眠ることに恐怖心があったのだ。先に眠りにつかれることにも恐怖心があった。ひとりで夜に取り残されるのも怖かった。

眠って悪夢を見るのは怖いけど、ひとりで取り残されるくらいなら誰よりも先に深く眠りたい。

◎          ◎

少しでも焦りをなくすために短時間のバイトを始めて、少しずつ勤務時間を長くして、資格の勉強も始めた。

疲れ果てて眠れるようになった。
相変わらず悪夢ばかり見ていてたまに叫んで起きることもあったけれど焦りと不安は関連しているのだろうか。

不安がだいぶなくなって、恐怖心も薄れていった。
眠れている、のかもしれない。

病院の先生と相談して睡眠薬を減らしていった。

今ではもうたった一錠の睡眠薬で眠りに堕ちることができるようになった。

もう星空の悪夢は見ない。
美しくて恐ろしいあの光景は、もう過去のものとなった。