以前の職場での、秋の日の思い出。今も忘れられない感情だった。

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私は就職したてで、社会人という立場や、初めてできた同期という存在にも心を躍らせていた。
私とは違う職種でも、同じ時期した同期たちはたくさんいて、研修や飲み会で一緒になる機会が度々あった。

あの時好きだった彼とは研修会で同じグループになったことで、少し仲良くなれて嬉しかったのを覚えている。
その後の飲み会でも、近くに座り、彼と話すことはとても楽しくて、距離が近くなったように感じた。
彼はお酒が強くて、おしゃれで、すこし人見知りなところがあったけど、とても面白い人だった。

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私が行くなら2次会行こうかなとか、移動の時に私の自転車を押してくれた些細なことが嬉しかったことを覚えている。

私も21歳そこらで、恋愛経験も全然なくて、新しい出会いと、自然な距離の縮まり方に浮かれていた。
私が求めていた社会人の恋愛ってこれなのかもしれないと、彼からの連絡を心待ちにして、連絡を取ることが楽しくてしかたがなかった。

彼はあまり返信が早い方ではなかったが、必ず私の送った文に丁寧に考えて返信をしてくれていた。

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仲良くなった飲み会から、連絡をしばらくとって、もうそろそろ一緒にどこかへ出かけたいなと思い、勇気を出して映画に誘ってみた。

なんて返信が来るのか緊張しながら待っていると、『いいね!ぜひ!』と好意的な返信が返ってきて、すごく、すごく喜んだことを覚えている。

あの時の私は、恋愛経験が少なく、男の人とあまり連絡のやり取りをしたことがないということもあり、確実に盲目になっていたと思う。

好意的な返信が返ってきて、嬉しくて、早速一週間後くらいの空いている休日と、昼頃でいいかという時間の確認を送った。

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そこからだった。
全く予想もしていなかったことに、私は心底落ち込んで、天国から地獄に落ちたような気持ちになったのを覚えている。

私の送った文に既読が付き、返信を待っていたが、一向に返ってこない。
忙しいのだと思い、特に催促することもなく待っていた。
しかし、提案した日の前日になっても返信はなく、当日になっても結局返ってこなかった。

どうしてなのか分からなくて、彼の返信を待っている一週間は、本当に心が沈んでしまっていた。
朝通るいちょう並木と、冷たい空気が、より私を悲しくさせて、その景色が今も鮮明に思い出される。

あの時の、初めて勇気を出したのにうまくいかなかったショックと、関係が急に終わってしまったというどうしようもない悲しみが、冷たい朝の空気と一緒に白い息になって空に消えていったことも、とてもよく覚えている。

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今思えば、誘ったけどうまくいなかいことだってよくあることだし、世の中の男性はその人1人じゃないから、さっさと次に行けばいいと思うけど、あの時の私には、彼の存在が全てで、頭の中でどんどん幸せな妄想が膨らんでいたんだと思う。

連絡が急に途絶えるという終わり方に、私はしばらく心を痛めたが、今はなんとも思ってない、ただの思い出となっている。
ただ、あのいちょう並木と秋の空気に触れるとあの時の感情が必ず思い出される。

彼の香水の匂いが好きだった。でもその記憶も、あの秋の悲しい匂いに塗り替えられて、全く思い出せない。

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まだ傷つくことを知らなかった私に、恋愛の難しさを教えてくれた秋の日の思い出。今となってはいい経験だったと振り返ることができる。
そして、あんなに人を好きになったことはあれ以来ないかもしれない。でも、それでいいのだと思っている。辛くなる恋愛の仕方は多分私には合っていなかった。
誰かに大きな心で受け止めてもらって、そのままの私を好きになってくれる、飾らない恋愛が合っているのだと思う。

そろそろ、いちょう並木の季節だなと、今は楽しみにしている。これから人生を一緒にしていきたいと思える人と、見に行きたいと思う。