私は、ある日突然仕事から逃げた。今はその時の自分にとても感謝している。

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社会人3年目を過ぎたころ、自分の身体が徐々に悲鳴をあげているのに気付いていた。気付いていて、ずっと無視していた。

眠れない夜。寝覚めの悪い朝。急に痛む胸。夕方になると下がらない熱。

この不調は仕事のストレスだということも、ずっと分かっていた。急に仕事量や責任感が増え、分からないことや終わらないことが増えた。自分で何が分かっていないのかも分からずに、ただ必死で日々をこなしていた。きっと、もっと冷静に考えられていたら結果は違っていたのかもしれないとも思うが当時の自分はいっぱいいっぱいで、冷静になんてなれなかった。

自分のストレスに気付きながらも放置していたのは、「もっと頑張っている人がいるのだから」ということと、「逃げるなんて絶対にダメだ」という自分の考えからだった。

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学生時代まで、私は割と「できる方」だったと思う。今思うと、そう思い込んでいただけだと思う。周りより成績が良かったり、人よりもいい内定先をもらうことで自分が「できる方」だというその思い込みは徐々に強くなり、次第に実力以上に人よりもできていて当然、と自分の偶像を作り上げてしまっていた。

その偶像は周りから憧れる存在でなければならないし、絶対に弱音もはかない存在でなければならなかった。その思い込みが強くなってしまっていたのだと思う。

仕事でストレスを抱え始め、仕事が続けられないかもしれないと思った時も最初に出てきた感情は「恥ずかしい」ということだった。頑張っていい会社に入ったのに、ここで辞めるなんて恥ずかしい。

周りにはもっと頑張っている人もいるのに、こんな程度で潰れてしまうなんて恥ずかしい。ただひたすら恥ずかしいという感情が頭を占めていた。あの時、私はいったい誰に対して恥ずかしいと思っていたのだろう。

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仕事は結局辞めてしまったが、何か自分の感情の変化があって逃げることを選択したというよりはもう身体が限界を迎えていて、周囲の判断もあり続けることができないところまで来ていてしまっていた。そうして私はやや強制的に逃げることになってしまった。

退職してから、今まで当たり前だと思っていたものを手放すことは意外と楽だということに気が付いた。これまでこだわっていたものは何だったのかと気持ちがすごく楽になるのを感じた。私が逃げたことに対して、誰も直接咎めてくる人はいなかった。(もしかしたらいたのかもしれないけど、直接私の耳に届かなければそれは言われていないのと同じなのである)

逃げてよかった、そう思えたのは「身体が資本」という言葉の意味を自分自身が心の底から実感できたことが大きかったと思う。ストレスで体調を崩してしまった私は、日常生活に復帰できるまで時間がかかってしまった。

メンタル的な意味もあるし、身体のいたるところに症状が出てしまっていて治療にもお金がかかった。会社は私が潰れてしまっても気にしないんだな、代わりはいくらでもいたんだな、という当たり前のことに当時身を持ってしか気づけなかった。

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今私は自分の経験も活かしつつ、働く方たちのサポートをする仕事をしている。これまで私も含めて学生時代、「逃げること=悪」だと教えられることが多く、社会人になってどんなに辛くて苦しくても自分の成長のために逃げては駄目だと思う人が多い。

もちろん逃げないことで得られることも多くある。だけど、自分に対しても人に対しても、逃げることを認める社会になればいいなと思う。私は逃げたことで今すごくのびのびと自分の好きなことをできていて心から幸せだし、あの時逃げてよかったなと心の底から思う。