「海のそばで暮らす」

小学生の頃から、やりたいことリストの上位にあった願いだ。果てしない青と、その先に広がるまだ見ぬ世界。内陸育ちの私にとっては、世界一のロマンがある場所だった。

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姉が修学旅行で沖縄へ行き、紅芋タルトを買ってきてくれたことがある。個包装の袋を眺めまわし、「あぁ、あなたは海の向こうから来たのね…!」と大歓迎してしまうほど。きっと、前世は島で暮らしていたのだと思う。

海街暮らしを叶えるチャンスはなかなか訪れなかった。大学卒業時、ようやく自分の城を手に入れた時に選んだのは、職場に行きやすい路線の始発駅。同じ理由でここを選んだであろう、1人暮らしの若者が多い地域だった。最寄り駅の開発されていない方の出口を出て、真っ暗なアパート街をトボトボ歩く。

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コロナ禍に突入すると、郊外への移住者増加のニュースを目にするようになった。私自身も在宅勤務が増えていたため、気になる街を訪れてみることに。

第一印象は、「空が広く、道路が広く、子どもが多い」。海まで続く道を自転車で駆け抜けると、気持ちのよい風がそばを吹き抜けていった。ここで暮らし、いずれは子どもの故郷にしてあげられたらどんなにいいだろう。

希望は胸いっぱいに広がったが、転職や、会社の方針でまた出社する可能性もあり、すぐには実現しなかった。それに、思いとどまった理由はこれだけではない。リタイア後、もしくは子育ての頃に叶えたいと思っていた「海のそばでの暮らし」をここで叶えてしまったら、私は仕事において向上心を失ってしまうと思っていた。仕事よりも暮らしを優先することで、都心から離れることで、これからの選択肢や意欲的に働く機会を逃してしまいそうだった。

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こんな調子で悩むこと3年、転職活動を休止したことを機に、遂にあの街へ引っ越すことに決めた。引越し当日は雪が降りそうな寒い日。凍えながら搬入の指示をしていると、すぐ後ろをサーファーが海へ向かっていく。

それから、海とゆるくつながる人々の暮らしを目の当たりにした。朝と夕方海へ散歩に出かけると、ランナーや小型犬の散歩に出くわす。波を待つサーファーは遠目に見るとチンアナゴの群れのよう。朝も昼休みも相当数が海にいるが、何の仕事をしているのだろうと頭を捻る。

夏になると、近所の高校生が砂浜でトレーニングをするようになった。練習を見つめるママさんの傍で、汗を流すスポーツマンをボーッと眺める。

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そうして季節が巡り、また冬がやって来ようとしている。なぜだろう。1人で暮らしている事実は今も変わらないのに、アパート街を歩いていた頃より寂しくない。

私自身がそうだったが、あの頃暮らしたアパート街には、冷えた部屋が待つだけの疲れた若者が多かったように思う。今は、街ですれ違うサラリーマンも3人乗りの電動自転車。生活が見える人が多い。

もちろん私と同じような若者もいるが、朝の散歩ですれ違うので「あなたも在宅勤務?どんどんセロトニン出さないとね」と勝手な親近感を覚えている。

この街で暮らしてみて、「生活のために働く」を実感できるようになった。「私がそうしたいから」以外の理由で、過度な成長を焦ることがなくなった。

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私が選んだ、好きな街で暮らす。この街を好きになるたびに、なぜだか自分のことを好きになる。まだ1年も住んでいないこの街を、これからどんどん好きになるのだろう。