私は以前、オーストラリアの或る街で語学研修をしたことがある。私はカタカナが苦手で、滞在したその街の名前は覚えていない。けれど、確かにこの世界に存在していて、私の心に今でもその光景が残っている。
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都会では星空が見えないと言われてもうかなり経つ。私は日本で煌めくような星空を見たことがない。私が住んでいるところは都会から離れた田舎だけれど、それでも綺麗な星空は見ることができない。
私がここで言う「綺麗な星空」とは、小学校のプラネタリウムで見た星空だ。プラネタリウムでは説明の声とともに星座が紹介され、天井に映った輝くばかりの星々を眺めた。こんなにも星空は綺麗なのかと息を呑んだが、私がプラネタリウムで見たあの星空は日本では見られない。きっと日本の夜は明るすぎるのだ。
夏の大三角形、冬の大三角形、様々な星座、天の川、流れ星……。
小学生の私がどれほど私がこの星空に憧れたことだろう。もちろん惑星も好きだが、それよりも夜空に輝く星々がとにかく好きだった。プラネタリウムでもらった暗闇で光る星座盤を自分の部屋で眺めながら、いつか自分の目でプラネタリウム以上の星空を見てみたいと小学生の私は願っていた。
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その願いがかなったのが、冒頭で少し話したオーストラリアのとある街だった。ホストファミリーと出かけたあの街。ガソリンスタンドで給油するからと立ち寄ったあの場所でふと空を眺めたのだ。
私は自分の目がおかしいのではないかと一瞬疑ってしまった。
満天の星空とはまさしくあれを指すのだろう。びっしりと星々が様々な形をしてキラキラと輝いていた。
私はそこで、生まれてはじめて流れ星を見た。次から次へと星が線を描いては消えていく。流星群かもしれないと思ったほどだ。
私が「シューティングスター……」と言ったまま、しばらく動かなかった様子を見たホストファミリーは酷く驚いていた。「日本では星空が見えないの?」と。
私が「生まれてはじめて流れ星を見た」と言うと、「ここでは雲がない限り、いつでも星空が見えるよ」と言ってくれた。
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私が見たくてたまらなかった光り輝く満天の星空は、この場所ではいつも手に入ってしまうという、その事実に心底驚いた。
そして私はオーストラリアに来て日が経っていたにもかかわらず、このときまで夜空をしっかりと眺めていなかったことを少しばかり後悔した。
この美しさを写真に残そうとシャッターをきってみても、スマホじゃその魅力は到底伝えられない。煌く星々やその色さえ映し出すことはできない。唯一私にできるのは、この景色を頭のなかに刻み込むこと。ただそれだけだった。
身体には冷えた空気が当たっていたようで、ホストファミリーが私に「寒くない?大丈夫?」と聞いてきた。
でも私は寒さよりも、あの星空の美しさの方が何よりも魅力的で、印象に残っている。
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日本に帰ったその夜、空を眺めてみた。
もうあのときに見た夜空はどこにも存在しなかった。ただ数個の星とモヤのかかった空が見えるだけ。
この世界にあるはずなのに、日本にいる限り見ることができないのだ。宝石を散りばめたようなあの美しさはこの空にはない。
でも私はまた見に行きたい。名前もわからない場所だけれど。
私の心に刻みつけたあの星空が幻ではなかったのだと、再び実感するために。