他人が考えていることなど、目に見える形で表現されなければ、そのうちの”一”も分かりはしないのだと思い知った。それは思わぬ形で、不意に目の前の景色がひとつにまとまっていくような感覚だった

あの秋の思い出を一つ書き残しておこうかと思う。

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件の人物とは付き合ってから随分と経つ。別れも復縁も経たし、遠距離恋愛も経験した。一人の人とこんなにも長く、恋愛という一つのカテゴリーの中でこんなにも多くの経験ができるというのは、実はとんでもなく尊いことなのかもしれない。

だが、かくいうわたしも、周囲の友人たちが人生のコマを着々と進めていることに勝手に焦っては、”ヨソはヨソ、ウチはウチと”言い聞かせる日々の中、意気揚々とその男はわたしを旅行に誘った。

「再来週!どっかでかけよう!」

残暑もようやく過ぎた頃のことだった。

どこ行きたい?と急に言われてさらっと回答できる人はかなりのアウトドアだと思う。無論、わたしは生粋のインドア派なので、何も言うことができなかったのは言うまでもない。

大概、”なんでも良いなあ”と思ってしま他人を困らせるタイプの人間なので、そろそろさすがにちゃんとしようと、なんとなく目星はつけた。だが、すでに行き先は決まっていたようで、わたしのたまの努力は秋風の中に颯爽と消えていった。

まあ、それなら良いのだよ。困らせたり呆れられたりしなかったことに安堵した

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ところで、秋といえば何と言っても不定愁訴である。

スポーツの秋、読書の秋、食欲の秋、芸術の秋…何かにつけて秋に結びつけて言い訳や動機にする年は卒業してしまった。大人になると言うことはあの若かりし頃の快活さが失われているということなのかもしれない。激しい気温差や低気圧、花粉に振り回され、乱れた自律神経に身体はついていかない。あぁ、そろそろ心身ともに休息させる時間を作らないとなあ、と本気で思い始めた頃に例の旅行が待ち構えていた。

当日は清々しい秋晴れであった。前日もその直後も大雨だったにもかかわらず、その二日間だけは晴天だった。

雨女もやるときはやるのだ。わたしたちを快く送り出してくれているようにも思える。出不精であっても、旅行は好きだ。気分も上がる。わたしは案内されるがまま、立てられた計画に沿って自然あふれる観光地を散策した。

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当日は山にも川にも行くという盛りだくさんのコースで、マイナスイオンをこれでもかと摂取すれば、日ごろのストレスが相殺されていく。

やがて日が暮れ、ドライバーが「今日の宿はここだよ~」とハンドルを切った。駐車場に入るなり、ピシリとスーツを着た受付担当と思われる人に名前を尋ねられる。

『お荷物お預かりいたします』とにこやかなホテルマンに、ドライバーはトランクからキャリーケースを手渡している。

ん?なんか変じゃない?

突発的に決まった旅行で、ホテルマンが駐車場の時点で荷物を部屋まで運んでくれるようなサービスをしてくれる宿が、取れるはずがない。…よね?

受付の手続きがされる間、わたしはお土産コーナーをなんとなく眺める。そこに凛として鎮座したお土産たちには、某有名温泉旅館の社名が書かれている。

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違和感が確信に変わる瞬間。まさに、点と点が線で繋がっていく。

そうか、これはただのリフレッシュ旅行なんかじゃないんだ。

わたしは、この旅行が半年以上前から計画されていたなんて全く気が付かなかった。仕事を休んでまで調べていたなんて知らなかった。わたしと街中で出会うリスクを負って買い物に出かけていたなんて、なにも。

そう、これはわたしの人生のコマが一つ進んだ秋の日の話。