秋の始まりは私の肌をいつまでも離さない雁渡しが知らせてくれた。どこまでも意気地なしの心をベージュの毛布で包む。少しずつ柔らかくなっていく。

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八畳一間のワンルームは、私の世界のすべてだった。窓から差し込む夕暮れの光が、畳の目に沿って静かに伸びていく。

ベッドの白いシーツには、昨夜の寝汗が染みついている。本棚の古い文庫本たちは、少しずつ黄ばみ、それぞれの時を刻んでいた。

キッチンの流しには、朝に使った茶碗が一つ。湯飲みの中で、冷めた茶が月のように揺れている。壁に掛けた時計の秒針が、部屋の静寂を刻む音は、まるで誰かの心音のようだった。

クローゼットの中には、季節を間違えた服たちが眠っている。夏の半袖は、冬の寒さに震え、冬のコートはまだかまだかとその時を待ち焦がれているような表情をしていた。

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忘れられた思い出のように眠っていた薄手の絹物を手に取ってみると、どこか懐かしい潮の香りを帯びていた。この白いワンピースを着て、私と同じ白のシャツに袖を通したあの人と駆けた浜辺の匂い。夏の陽射しのように眩しく、潮風のように爽やかだった彼の面影が布地に染み付いている。

私は意味もなく思い出の殻を洗濯した。しかし、彼の匂いは決して洗い流すことはできなかった。ベランダに干した洗濯物は、風に揺られながら、誰かを待っているようだ。

隣室から聞こえてくるテレビの音は、壁を通して柔らかく濾過され、まるで遠い記憶のように滲んでくる。麦色の季節の中であの人との思い出だけが寂しく窓辺に腰掛けているように思えてくる。

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エアコンの送風口から漏れる風は、私以外誰もいない部屋の空気を、そっと撫でていく。埃は、夕陽に照らされて、金色の粒子となって舞い踊る。

机の上には、書きかけの手紙が一枚。宛先のない文面は、いつまでも続きを待っている。インクの染みは、まるで誰かの涙のように、紙に染み込んでいった。

八畳の空間は、時として広すぎるほどに感じられ、また時として、息が詰まるほどに狭く感じられる。この矛盾こそが、一人暮らしの真実なのかもしれない。

夜になると、部屋の隅々まで青白い月明かりが忍び込んでくる。それは、まるで誰かの吐息のように、静かに部屋中を満たしていく。

彼は今も、どこかで白いシャツを着ているのだろうか。それとも、私と同じように、タンスの奥にしまい込んでしまったのだろうか。秋の空は、答えを知っているように青く澄んでいる。

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やがて冬が来れば、このワンピースも深い眠りにつく。でも、来年の夏が来れば、また彼の面影と共に目覚めるのだろう。そして私は、永遠に続く季節の移ろいの中で、この白いワンピースの記憶と共に生きていくのだ。

名残惜しいように鳴いていた蝉の声が遠ざかり、虫の音が近づいてくる。秋の気配は、少しずつ確かなものとなっていく。白いワンピースは、夏の日の思い出を纏ったまま、静かに佇んでいる。それは、かつて愛した人の温もりを、永遠に留めているかのようだった。