わたしは、あの子の人間臭いところが知りたくて仕方がなかった。
悩みがなさそうな人よりも、ちょっと生き方が不器用で悩みを抱えている。
そういう人の方がずっと魅力的に映った。
問題発生。団結できないクラスと意見別れ。手を差しのべた者と去っていく人
高校3年生の頃。
わたしはあまり自分の意見を言えずに我慢してしまう性格で、いつも笑って聞き手にまわることが多かった。
だから、自分の意見をはっきり言えるAちゃんはかっこよくて憧れの存在だった。そして気づけばいつもAちゃんと行動するようになっていた。
このまま、楽しく平穏に学校生活が終わると思っていた。しかし、事件は文化祭で起きる。私のクラスはいざとなると内気な人が多く、リーダーの立候補がなかった。
そんな中、みんな仲良くがモットーの平和主義な私は、先生に頼み込まれて、しぶしぶリーダーになり、副リーダーは、Aちゃんにお願いして引き受けてくれた。
クラス発表のダンスの練習は、男子が遊び始めてしまい、なかなかまとまらなかった。声をどれだけ荒げても通らない。それでも私はみんなで頑張ることを諦めたくはなかった。
「もうさ、男子無視して女子だけでやればよくね?」
Aちゃんが言った。
「えっ、でも…」
「やる気ないやつなんていても邪魔なだけじゃん」
「…うん~、まあそうだけど。最後の文化祭だし、みんなでやりたいって思うんだよ」
「じゃあもう勝手にすれば?」
そう言って Aちゃんは教室を出て行ってしまった。その後、クラスの現状の問題と向き合うために、気持ちを切り替えた。
そして、男子と仲がいい女子に相談した。
すると、「うち、ダンス全部覚えたから、二手に分かれて練習する?」
その子は率先して、私の意見を汲み取りながら寄り添って協力してくれた。そのおかげで、ふざけていた男子たちも真面目に覚えてくれるようになり、順調に進んでいった。
悔しい喧嘩別れにそっと一言「だいじょうぶ?」
私たちが笑顔で楽しく順調に進めていくのを、横目で見ていたAちゃんが、トイレのすれ違いざまに私に言った。
「副リーダーのうちの意見は聞かないくせにクラスの子の意見は聞くんだね。もう、うちいる意味なくない?」
Aちゃんはものすごく怒っていた。けれども、私はその怒りを理解できない。自分から放りだしておいて、今更何をいっているの?
心の中で黒いものが渦巻く。それを閉じ込めながらも わたしは落ち着きを装いながら、言葉を選ぶ。
「何でそんなこと言うの?確かに私も意見を聞かなさすぎたね、ごめん。でもお互い様じゃない?って思うんだ。仲直りしてみんなで練習しよう?」
自分でもわかるくらいに声が震えていた。苦しくて涙がこぼれそうだった。
Aちゃんは、露骨にめんどくさそうな顔をして吐き捨てるように言った。
「は?うちは謝るつもりないよ。何も悪いことしてないし、悪いのは柚希じゃない?まあ、柚希がもっとしっかり謝ってうちの意見聞いてくれるなら、仲直りしてあげてもいいよ」
プツン。頭の中で糸が切れた音がした。ああ、だめだ爆発してしまう。
制御する前に口が開いた
「は?そんなこと言うなら、仲直りなんか一生しなくていいよ!!今日からお昼も一緒に食べないし、文化祭も協力してくれる子たちたくさんいるからもう手伝わなくていいよ。」
「あっそ。むしろそっちのが気楽でいいわ」
涙が、止め方を忘れてしまったかのように次々と溢れて邪魔だった。私が涙を流しても、Aちゃんは動じない。
心臓が張り裂けそうだったのを覚えている。
廊下に出ると 驚いた人、心配そうに見る人がいたけれど、わたしはなりふり構わず次の移動教室に向かった。
パソコン室。先生との距離がかなりあるから、まともに受けなくてもばれない。
それが唯一の救いだった。
内容なんて微塵も頭に入ってこない。脳裏でAちゃんとの楽しかったことを繰り返し、もう戻れない現実に涙が止まらなくて、胸が苦しい。わかり合いたいのに わかり合えなかった。
お互いに自分の中の「正しい」を譲れないところがあった。それを内に秘めるか、外に出すかだけの違いだった。Aちゃんに抱いていた憧れは、同じようで正反対だったからかもしれない。
一番後ろの席にいるAちゃんを遠目に見ると、わたしの放った言葉なんて気にもとめてない様子で隣の席の子とゲラゲラ笑って楽しそうにしていた。
もうそれすらも、苦しくて悔しくて惨めで情けなくて 自分に泣けてきた。
デスクトップを見つめ、ただ無言で、真顔で、静かに呼吸するみたいに流れる涙にあらがえないでいた。
「柚希…、だいじょうぶ?」
暖かくて優しい、細い声が飛んできた。現実に引き戻され、右隣を見る。
確かこの子は、おとなしめの女子のグループにいる子だ。掃除中によくくだらないことで大爆笑した程度の それくらいの関わりしかなかった。
わたしを見つめる彼女は、とても心配そうな目をしていた。
わたしはそれが申し訳なくて、咄嗟に笑顔を作る。
「あっ、ごめんね、なんでもないの!気にしないでっ」
制服で乱暴に涙を拭いて笑ってみせる。
「…」
彼女は一切笑わずに、それ以上言葉もかけずに、けれども授業中何度も気にしてくれていた。
全ての出会いが今の私を育ててくれて、幸せにしてくれた
あれからもう、5年が経つ。
Aちゃんとは疎遠になった。
別に今更謝ろうとも、仲直りしたいとも思わないけれど、Aちゃんには「仲良くしたくても合わない人もいる」ということや「自分の気持ちや意見は大切にすること」を教えてもらった。
男子と仲がよくて協力的なあの子は今でも「彼氏と別れた!」と連絡すると「よし!飲みに行こ!!」って連れ出して笑顔にしてくれる。
大人しい右隣のあの子は、ふいに頑張れなくなったとき、会いたくなる人だ。
久しぶりに会うと 自信満々に車のサイドブレーキをおろし忘れて発進するわたしに「ふふっ、ほんと柚希ちゃんは変わらないね(笑)」と二人で大爆笑していた。
気づけばいつだって、前を向いて自分の足でちゃんと歩いている。
立ち止まって俯いていると、黙って背中を押してくれる暖かい手、力強く抱きしめてくれる優しい腕。
今のわたしがあるのは、疑うことなくあの子たちがいたからだ。
振り返ると、そこにはたくさんの幸せが転がっていた。