私は中、高の6年間を女子だらけの空間で過ごし、当然ながら日頃生活をしていて異性と触れ合う機会はほとんどありませんでした。
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ごく少ない異性も学校に数人いた男性教論や自分の父親、祖父といった身内であり、共学に通う同世代の女子からするとそれは驚く程に少ない割合であったといえるでしょう。
とはいっても、恋だの愛だのそういったものに対する関心はそこそこあるお年頃。ませているグループの女子の中には通っている塾で知り合った男子と付き合っているなんて子もいましたが、あいにくこちらにはそのような出会いはほとほとありませんでしたし、テレビドラマや漫画雑誌の中で繰り広げられるフィクションな恋愛模様を見て、自分の中で妄想を繰り広げるより他はありませんでした。
しかし、そんな私にも転機が訪れます。それは、大学になり今までの地方の田舎から都心部に移動し、同時に学内だけでなく他大学との合同のインカレサークルに入部した事がきっかけでした。
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新歓と呼ばれるそのサークルが普段どのような活動をしているのか、といういわゆる見学会の様なものに参加した際は、恥ずかしながら見慣れない男性が沢山いる空間に全身が震える程に緊張してしまいました。
一緒にいた友人も女子高出身者であるにもかかわらず平然と対話をしていましたが、私はまともに相手の目を見て会話をする事すらできなかったのです。
いくら今まで男性と関わる機会がほとんどなかったとはいっても、予想以上の自分のポンコツさにその夜は枕に顔を突っ込んで悶々とした一夜を過ごしました。
しかし、逆にこのままではいけない、せっかくの機会であるのだから、これまで取りこぼしていた分の青春を取り返さなければ......!と私は半ば躍起になりそのままそのサークルに入部したのでした。
上手く話せるかな、変な奴だと思われないかな、と最初は不安でいっぱいでしたがやはり人間には適応能力というものがあり、日が経つにつれだんだんと雰囲気にも馴染み、異性とも普通に話せるようになっていきました。
しかし、慣れてきはきたものの、またここで新たな問題が発生します。そう、それは私のこれまでの人生では生じる事のなかった、異性に対する恋愛感情でした。
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所属していたサークルの活動は主に週2回であり、その年に入学したばかりの新入生とその1つ上の学年で構成されていたのですが、その先輩の代の内の一人に、気になる人がいたのです。
メンバーの雰囲気は少し大人しめの人から比較的陽キャ目な人まで幅広かったのですが、その人は先輩の代の中でも一際落ち着いており、周りとは一味違った雰囲気を醸し出していました。
第一印象、この人はあまり喋らない人なのかな、と思っていたのですが声のトーンや話し方など落ち着いてはいるものの、周囲からの人望も厚く、何か分からない事があれば親身になって教えてくれるような人であったため、あまり騒がしいタイプが得意でなかった私にとっては非常に大人に見え、かつ異性としても魅力的に映ったのです。
とはいえ、私も今までロクに異性と関わってこなかった奥手な人間であるため、気になってはいるものの相手とどうやって距離を詰めたらいいのか分かりませんでした。
話に聞くと相手もこれまで誰かと付き合った事はないらしく、その点は内心ホッとしたと同時に、逆にどうすれば良いのか余計に分からなくなってしまったのです。
ここでグイグイいける押しの強い人であれば、サークルの度に積極的に話しかけに行き存在感をアピールしたり、こちらから食事や遊びに誘ったりと距離を詰めていく事ができるのでしょうが、この歳まで恋愛経験ゼロの私にとってはそんな事は夢のまた夢、会った時に一言会話をする事さえも難しかったのです。
しかし、幸いな事に彼はSNSをやっており、それはフォローをしなくても誰でも閲覧する事のできる非鍵アカウントでした。
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私はそれを見つけた瞬間からこれまでの呟きを遡って確認し、そこから彼の趣味、好きな音楽や本、食べ物の好みといった個人的な情報を自分の中にダウンロードしていきました。
ここだけ見ると半ばストーカー紛いの事をしているようにしか見えませんが、当時は奥手で中々本人から直接そのような個人的な内容を聞き出すような勇気も持っていなかったため、そこはご愛嬌という事でお願いしたいです。
彼の好きだというアーティストをYouTubeで検索して音楽を聞くようにもなったし、彼が今ハマっているというお菓子のツイートが流れてくれば私もそれを実際に買って試して見たりもしました。
また、彼は案外毎日起きるのが早く、起きてからの時間は朝活と称し、勉強や読書をしていました。私は早起きは苦手でしたが、彼の生活習慣に倣い頑張って早く起床し、朝のうちに課題のレポートをこなしたり、図書室で借りた本をコーヒーと共にせっせと読んだりもしました。
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結果的に、彼には思いを伝える事もできず、そのまま特に何の変哲もないサークルの先輩後輩という関係性のままではあったのですが、彼を想い彼の好きなものに自分も触れていたあの時間はとても楽しく、それにより私の日常は今までより何十倍も濃く、豊かなものになっていったような気がします。
恋愛は、相手を好きになったからといって想いが通じて幸せな方向にいくパターンばかりではありません。しかし、相手に関心を持つ事によってそれがなければ知り得る事のなかった様々な世界を知り、自分の視野を広げる事にも繋げられると思います。
誰かを好きになる事、大切に思う気持ちは人間として生きていく上で非常に大事なものであるのだ、と私は人生の中での初恋を通して学びました。