スマホの画面が光って、LINEの通知に久しぶりに見たアイコンが表示されていた。元カレだ。何の用かと通知を開くと「元気?」という短くそっけない文字と「香水がそのままになってるんだけど、必要?送る?」という嘘か本当かわからない言葉が届いた。

彼とは2年ほど付き合っていたが、去年のクリスマスにあっさり別れた。あの年のクリスマス、私が我慢出来ていたら今もこの彼と過ごしているんだろうか。

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それは去年のことだ。流行りのマッチングアプリで出会った彼は聡明でかっこよく、私の理想の人だった。お互いに惹かれ合ってすぐに付き合うことになったことで私は幸せいっぱいの毎日を送っていた。
付き合った当初、転職したてだった彼の仕事は徐々に忙しくなっていき、数か月後には会う回数が減り、連絡も遅くなっていた。話を聞くと相当参っているようだったが、完璧主義な彼は仕事の手を抜けずに毎日午前3時に就寝するというひどい生活を送っていた。

ほとんど残業のない私はそんな壮絶な毎日を送っている彼に尊敬すら感じる一方で、サラリーマンなんだから上司に報告するなりしてどうにかならないものなのかとも思っていた。

当時、彼の気持ちが私に向いていないことはもちろんわかっていた。けれど、会う時だけではなく、毎日やりとりしているLINEでも大変な仕事の話を聞いていると、連絡が遅いとか、最近おうちデートばかりだとか、くだらないことに文句は言えなくなっていた。

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そして私がいつも彼に伝えていたのは「頑張っててすごいね」とか「頭もいいから上司から頼りにされてるんだよ」という励ましの言葉だった。そんな言葉を掛けながら仕事で忙殺される彼の横でだんだんと心が死んでいく自分もわかっていた。

彼の仕事の大変さをわかってあげたい気持ちがある一方で、私のことをちゃんと見て欲しいという願望が浮き上がる。その願望は彼にしか解決できなくて、でも今彼に頼ってしまうと彼を困らせてしまう。何度も頭の中で葛藤を繰り返し、結局何も言えずにぽっかりと穴のあいた心のまま、彼に励ましの言葉を投げかける日々だった。

しばらくして、彼が転職活動を始めた。今の職場よりももっと職場環境のいいところに、そしてスキルアップのためにと張り切っていた彼を心配しながらも私なりに頑張って支えていた。

このときこそ、自分のわがままは絶対伝えてはいけないと自分の寂しさをごまかしながらいつでも元気な振りをして彼を元気づけることに必死になっていた。

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転職活動も数か月で落ち着き、やっと彼と楽しく過ごせる日々がやってくる!とその後のイベントは何をしようかと心躍らせながらクリスマスを迎えた。

クリスマスは彼がディナーを予約してくれていて、その前に彼の家に行く予定になっていた。彼の家につくと飲みたかったスターバックスの季節限定のフレーバーティーが用意されていて、さすが私の彼氏、とにやにやしながらそのドリンクを楽しんでいた。

家でゆっくりしながら彼の転職活動の終わりをお祝いし、今後のイベントについて話し始めた時だった。「俺、海外旅行行こうかと思ってるんだよね」とテレビを眺めながら彼が言う。転職活動が始まる前に、終わったら旅行に行こうねと話していた私は少しの違和感を覚えた。「どこいくの?私も一緒に行きたいな」少しの疑問を抱きながら私は半笑いで彼に言う。

彼の視線は年末のお笑いテレビが垂れ流されている画面に向けられたままだ。少しの沈黙のあとに「ひとりで」と彼が言った。心の穴が埋まらないまま、ずっとずっと我慢してきた私はこの時ばかりは糸がプツンと切れたように感情が湧き上がってもう自分では抑えられなくなっていた。どうして私が我慢してきた気持ちを彼はケアしようとしてくれず、一緒に行こうと約束していた旅行まで、ひとりで勝手に行こうとしているんだろう。この人って私のことを必要としているんだろうか?

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彼のLINEを既読したまま、懐かしい彼のアカウントの写真を眺める。あの時から変わっていない彼の横顔にもうときめきは感じなくなっていた。LINEのホーム画面には私の知らない女の子の後ろ姿の写真が設定してある。私とは背丈もファッションも異なっていて、本当に私のことが好きだったんだろうかとさえ疑ってしまう。

あの時、ただにっこり彼の話を聞いていたら、私たちは今年もまだ同じ部屋の中でうっとりするくらい甘いサンタが乗ったケーキを食べていただろうか。私の埋まらない心の穴はいつまでも埋まらずに、苦しい恋愛を信じながら彼の隣にいただろうか。

彼のアカウントをスッと左にスライドしてやっと彼とさよならをした。いつまでもクリスマスになるとあの日のことを思い出してしまうけれど、ちゃんと私幸せに過ごしてます。だからあなたも私の知らないところで勝手に幸せになっていてね。