このテーマにぴったりのエピソードはなかったかと思い巡らせていた。一週間、二週間と過ぎ、いくつか候補は出てくるが、確信を持てるような話は思い出せなかった。

それから私は「愛」という言葉を優しさとか気遣いに置き換えて考えてみた。人に優しくしてもらったことはたくさんある。自分もこういうことができるようになりたいと思ったこともある。でもそれで変わったかと言われれば、変わってない。人からもらった優しさと、自分がもともと持っている要素をこねくり回して、また違うなにかをつくりだしている。

だから、ある友達が私にしくれた行動を、私は勝手にそれを自分に対する信頼だと思ってそのことを書こうと思う。

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とは言いつつ、まずは私のことから書いていきたい。

幼稚園の頃、人類が滅亡した後の地球のことを想像していた。誰もいない地球で、道路も建物もなく、更地に木がところどころ生えているだけ。風がときたま吹いて、今にも取れそうな葉がかすかに揺れる。そんな時間が永遠に続くのだと思うと、恐怖で仕方がなかった。

小学校に上がって体育館にいるとき、自分を天井から見下ろしているような感覚に初めて襲われた。自分とは何者か、これまでの過去から完全に切り離されて、何者でもない人がただそこにいるだけ。自分が他人に見える。

中学校に上がって電車通学になった。夕方、電車から他所の家の団らん風景が一瞬だけ見えると、妙にさびしさを覚えた。
自分のことながら、これらの感覚になにかを感じていた。

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時を同じくして、授業で星野道夫さんの文章を読んだ。星野さんも車窓から見える風景に切なさを感じていたらしく、私は初めて自分と同じ感覚を持っている人に出会った。そしてこの感覚はちょっと特有なのかもしれないと自覚した。

高校一年生のとき、ある女友達と出会う。仮にAと名付けるが、Aとは何かにつけて共通点があって、次第に仲良くなっていった。授業中に読んでいた本が二人とも江戸川乱歩の短編集だった。星とか宇宙に二人ともロマンを感じていて、一緒にプラネタリウムに行って、三十歳になるまでのオーロラを見に行こうと話した。二人とも貧乳が故に性への興味が強く、くだらないエロ絵をお互いに描きあった。そして、多分二人ともうっすらと希死念慮があって、生きることの虚しさとかを喋ったりしていた。

今まで文章の中でしか共有できなかった自分の感覚と近しいものを持っている人と初めて会った。私とAは両親の仲が悪くて、そこが互いの性格に色濃く影響していた。

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高校卒業後、Aとは年に数回会う程度になり、大学を卒業してからは数年間会うことはなかった。私も忙しく、会いに行こうとは特段思っていなかった。ただその間も連絡は取っていて、彼女は大阪で働いて結婚をしていた。

二十七歳のとき、仕事がひと段落して二週間ほど休みをもらった。その休みを利用して私はAに会いに大阪に行った。計四日間、Aと一緒に遊んだが、その間くだらない話で終始笑い合っていた。

最終日前日の夜、ご飯を食べながら彼女がある告白をしてくれた。Aはある男性と、Aいわく恋愛感情は無しに居心地がいい関係性にあって、その人が他の人と結婚した後もAと向こうの夫婦で会っていた。居心地がいい関係性というのも体の関係ではなく、私とAがかつてそうだったように、互いの感覚が合っていたのだと思う。また東京を離れたり、色んな出来事と重なるタイミングで心の支えにもなったと言う。

最初はお互いに仲良くやっていたが、あるとき向こうの奥さんが「Aが旦那を女の目で見てくる! もう会わないで」と口論になってしまった。旦那さんはそんなことはないと言ってくれたが、これは私の想像だが奥さんのその気づきは半分合っていて、大人になってから自分の感覚と合う人に出会うと、私とAのような性格の人はその人と自分の境界があいまいになってしまうことがある。

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その後、Aと夫婦が会うことはなくなったが、旦那さんとAはたまに連絡を取り合っているらしい。
この一連の出来事を、今度はAがA自身の旦那さんに話したという。Aの旦那さんは外国の方で、友達を家族と思い、繋がりを大切にする方だ。だからだろう、Aの旦那さんは、Aと男性が会うことは大事なんじゃない?と言ってくれたそうだ。Aが旦那さんにどこまで話したかは分からないが、旦那さんは言葉では表現しにくいAと向こうの旦那さんの関係性を大切にしてくれたのだ。A自身も向こうの旦那さんと会ってもいいのではないかと思っている、と私に話してくれた。

正直、私は「いや、普通に会わないほうがいいのでは?」と思った。旦那さんがそう言おうと、向こうの奥さんの気持ちを考えたり、一歩間違えればダブル不倫になるのでは……と考えたからだ。向こうの旦那さんの気持ちも計りかねない。

話は平行線になり、とって別に口喧嘩をすることもなく次の日は笑顔で別れた。帰りの新幹線の中、大阪から離れるごとに自分の気持ちも友達から離れていくようでさびしかった。

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Aと会わない数年間に色んな人に出会った。そういう人たちに影響されたり私自身の感覚も変わってきたし、それはAも同じだろうし、もしかしたら高校生のときに似ていると思った感覚も本当は違っていたのかもしれない。Aの気持ちを受け入れられなかった。でも私は私の感覚が正しいと思っていた。

そこからさらに二年経った。その後、私はあいまいな出来事はあいまいなまま終わらすいうことを知った。それが良いかどうかは分からないけれど。そしてこういう話をしてくれたAは、私を信頼して話してくれのではないかと思うようになってきた。二年ぶりにAに会う約束をした。二年前、Aを受け入れられなかったことや、二年間の間に起こったことを私もAに話したい。