奇跡的に予約できた、人気の焼肉店。未来の勝利を勝ち取った
クリスマスに焼肉ってどうなの?と思われるけど、私は正直ショートケーキのイチゴよりも炭火で香ばしく焼かれた、脂したたるカルビに心が惹かれる。
毎月1日の朝10時から受付を開始するそのお店は、ものの数分で一ヶ月分の予約が埋まるという人気店。仕事中「御社の製品は」なんて顔を装いつつ、会社のデスクでこっそりお店に電話をかけて奇跡的に席が取れた。しかもクリスマスに!
「人数は2名です」と勝ち誇った声で私は受話器を置き、急いで彼にラインで連絡をする。
「クリスマスにお店の予約取れたから」
私は上機嫌に会社の資料をまとめながら、未来の自分の勝利を勝ち取ったはずだった。
「タン、ロース、カルビは二人前で、あとカクテキも」
メニューを開き、慣れたように注文を取る私と、それを見つめる穏やかな彼。
マッチングアプリで出会い、交際を始めてから一年。そろそろ同棲?なんて心の声は一度閉まって肉を食らおう。
次々に到着するお肉達に、キャーとかワーとかアイドルのコンサート並みの歓声を送りながら次々に焼いていく。
心躍る、肉炙る、二人の恋は永遠に結ばれる!なんて心の声を刻みながら私はお肉を口に運んだ。
「うまい~」
言葉を押し殺せないほどの美味しさ感動する私に一方、焼かれたお肉に手をつけぬまま黙る彼に「冷めるよ?」と、彼よりも肉の心配をしてしまう。
今じゃないでしょ、その話。肉汁と別れ話はセットにするべきじゃない
「あのさ」
突然、彼は神妙な顔で話を切り出した。
「来年、地方の支店に転勤することになってさ」
「え?」と驚愕と同時に推しのカルビが到着。
「と、とりあえず焼くね、あ、話し続けて」
私はトング片手に肉を焼き続ける。
「それで、長野に行くことになって、東京を離れることになったんだよね」
「長野?!」
ま、でも通えない距離でもないか、と安堵し、肉を噛み締めた数秒に奈落の底に突き落とされる。
「多分、遠距離は無理かも、俺」
「エンキョリムリ、オレ」と慣れ親しんだ日本語が一切、頭に入らずに無心で肉を裏に返す。
ん?いま私は別れを切り出されてる?と、鼓動は今にも切り裂けそうだった。
「ごめん」
霜降りの口解ける優しい肉の味わいと失恋のコントラストはミスマッチすぎる。
今じゃない、今じゃないでしょその話。肉汁と別れ話はセットに持ちかける話じゃないでしょと、自分でも何を言っているのか、涙がポタポタと溢れ出す。
ごめん、どのタイミングにしようかって、でも君はいつもご飯を美味しそうに食べるからって、食いしん坊に罪はないのよ。
賑やかな店内で、私たちの席はジューと脂の抜ける音だけが続く
二人の席に近づいてきた店員は突然、目の前のカップルが肉を焼きながら嗚咽してるもんだから、それはもう「ごゆっくり」という言葉を振り絞るのが限界だろう。
私は「ごめん、ライス追加で」って、このごめんは、こんな時に食欲炸裂させてごめんなのだけど。
「私は遠距離でも頑張れるし、東京から長野なら会える距離だよ」と、彼の中で揺るぎない決意を、焦げで焼きすぎた肉を甘だれのタレを絡ませるよう誤魔化した。
「ごめん」
取り引き際相手に謝るお辞儀の角度から、彼の思いを汲み取る。
「そっか」
店内はクリスマスソングで男女の談笑に包まれている中、私たちの席だけがジューと脂の抜ける寂しい音だけが続く。
「分かった。とりあえずさ、肉食べない?」ってそんな言葉に和解点はないし、今後の予定は失恋と決別しかないけれど、炭火に立ち上る湯気が奇しくも食欲を募らせる。
サービスですと店員さんが持ってきたイチゴのデザートが甘酸っぱくて、今日はじめてカルビよりもイチゴに心が救われた。