下校中に思い切って食べた雪。彼がプレゼントしてくれた楽しい思い出
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小学校一年生の時、日本列島を雪の雲が包み込んだ。
私は雪国生まれということもあり、雪が大好きだ。しかし、関東に越してきてからというものの、冬に雪が降る機会はあまりなく子どもながらにどこか寂しく感じていたことを覚えている。
それもあってか、小学校一年生の冬に雪があたり一面に降り積もったことは子どもながらに嬉しかった。その雪はまるで、砂糖のように白くてフワフワしていた。
「今日は雪だよ」母の一言で、私は飛び起きた。普段はウダウダしている学校の準備も、ちゃちゃっと終わらせてお気に入りの水色のダウンジャケットと手袋を身に着け、黄色の安全帽子と赤いランドセルを背負い「行ってきま~す!」と元気よく家族に声をかけて外へ出た。
友だちと待ち合わせるいつもの集合場所に着くと、みんな浮足だっていた。本当は今すぐにでも遊びたい思い一心だったけれど、遊びすぎると遅刻して怒られてしまうからと、放課後を楽しみにしながら登校した。学校に着くと、その日の時間割は1時間目~4時間目のみの授業日であることに気づいた。
ずっとずっと「早く下校時間にならないかなあ」とウキウキしながら時計と睨めっこしていた。いつもは何とも思わない時間が、今日だけキラキラした雪への待ち時間に大変身する。「さようなら、気をつけて帰ってくださいね」と、ついに先生からの一言がかかった瞬間、待っていましたと言わんばかりにクラスのみんなが「さようなら」の挨拶をした。
おせじにもそろっているとは言えない挨拶だったが、先生も今日ばかりは微笑んでいた。
廊下を出ると目の前の窓から母の姿が見えた。雪が積もっているということもあり、それぞれの保護者が学校まで迎えに来てくれていたのだ。下駄箱の前で待っている母に笑顔で駆け寄ると、私の後ろから一人の男の子が駆け寄って来た。近所に住むT君だ。
「早く雪で遊びながら帰ろうぜ!」そう私に声をかけると、颯爽と雪の中をかけていく。「待ってよ~」と、私も急いで靴を履き雪の中を駆け巡りながら追いかける。
その日の帰り道、いつも歩いている何の変哲もない通学路は雪が降っただけで、まるでおとぎ話のような世界に早変わりしていた。積もっている雪をつかんでは投げ、つかんでは投げの雪合戦を繰り返す。私の水色の手袋には雪が張り付き、それが体温で溶けて手の平に冷たく染みていく。そんな通学路をちょうど半分くらい歩いたとき、T君が私に向かって言った。
「雪ってどんな味がすると思う??」そう言い放つと、彼は思いっきり雪を食べた。「冷たくてシャリシャリしていて、おいしいよ!」なんてニコニコと笑いながら言うので、私も気になって食べてみた。おそるおそる食べてみると、本当に冷たくて美味しいのだ。
こうなったら誰も止められない。私たちは歩きながら雪を食べるという、雪が降った日にしかできない、とびきり楽しい遊びを思いついてしまったのだから。歩きながら食べる雪は、小学生の好奇心いっぱいの心を満たしてくれた。
T君との楽しい時間はあっという間に過ぎ、ついに私の家の前まで着いてしまった。名残惜しい気持ちを抑えつつ、「じゃあね!また明日!!」とT君に声をかけ、思いっきり手を振ってお別れした。母に「楽しかった~」と一言告げると、母は私の服についた雪をはらいながら「暖かくして寝ましょうね」と微笑んでいた。ただ雪が降っただけなのに、どこか特別な気持ちになれてとても嬉しかったことを覚えている。
翌朝、クラスで朝の会が行われると担任の先生から「昨日の雪の思い出」という題で発表をするように呼びかけられた。私は、待っていましたと言わんばかりに、思いっきり手を挙げて発表した。
「昨日は、T君と雪を食べながら下校しました!冷たくて、シャリシャリしていておいしかったです!」私がそう発表する否や、クラスがシーンと静まりかえった。「あれ?なんでみんな笑ってくれないんだろう」と不思議に思いながら首をかしげていると、先生からこんな一言をかけられた。
「雪は大気中の埃などを含んでいるので、食べるのは体によくありませんよ」
これは、小学校一年生の子どもだったからできた一件である。我ながら、あの日のことは忘れたくても忘れられない。忘れられないほど楽しかったからだ。
そんな私に楽しい思い出をプレゼントしてくれたT君は、それからすぐに県外への引っ越しが決まり、あっという間に転校してしまった。未だに雪を見ると、私はT君を思い出す。果たして彼は元気にしているのだろうか、その答えは果てしなく続く冬の空だけが知っている。
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