これまでに一度だけ、本当にあの時踏みとどまっていなかったら危なかったという経験がある。あまり人に話せるような話でもないから、これまで友人の1人2人くらいにしか言っていない。特に家族には心配かけると思って言わなかったし、今後言うつもりもない。

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大学受験が終わり、第一志望の大学に合格。自分から希望したけど、知り合いが1人もいない県外の大学生活と初めて始まる1人暮らしに、ワクワクすると同時に不安もあった。

入学の準備を進めていると、Twitterでは、この春同じ大学に入学するという人たちのグループがどこからともなく出来ていた。学部も学科も関係なく、情報を共有したり、たまに交流したり。人見知りの私は積極的に発言をすることさえ無いものの、乗り遅れまいとグループに参加申請をした。

結果的に、100人くらい集まったそのグループは、後にLINEグループも誕生した。

新たな出会いを期待しながら、大学生活が幕を開けた。慣れない土地、大学、1人暮らし、人間関係。緊張しながらも、同じ学部の子と話したり、気になっていたサークルの新歓に参加したりして、日々は過ぎていった。

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まだ入学して1、2ヶ月しか経っていないくらいのある日、TwitterでDMが届く。同じ大学他学部の同級生だと言っていた。
後から思い返せば、こんなおかしな話と思うけど、当時は慣れない土地と生活、友達ができるかなとか、沢山の不安があった。実際に周囲では、もう前から友達みたいに仲が良さそうで楽しそうな人が沢山いて、内心焦っていた。

彼は学部とフルネームを名乗り、大学構内で私の姿を見たと言った。それで気になって、連絡したと。何度かやり取りが続く中で、今度家具を見にいくときに一緒に行かない?と誘われた。

本当はどこにも信じられる情報はないのに、信用してしまった。だって、彼のアイコンには見覚えがあり、数ヶ月前からTwitterやLINEグループにいたタヌキのアイコンだったから。そして本名や、学部学科も名乗っていたし、大学構内にも詳しそうだった。

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当日、大学近くのファミレスで待ち合わせになった。車で迎えにいくから、先にファミレスでお茶でもしててとのこと。

向かう途中、やっぱり怖くなって、小さな本屋に入り、適当な理由をつけてやっぱりいけないと送った。すると彼は何度も待ってるとか、ここまできたのにとかと諦めてくれなかった。しばらくいた本屋には申し訳なくて、1冊絵本を買った。

じゃあ、せめて人目のある場所と思い、大学横のコンビニを提案。入り口横で待っていると、「○○色の車に乗って」とLINE。降りてきてくださいと送るも拒否された。
これは乗ったらお終いのパターンだと思い、急いでコンビニの中に入り、その間、LINE電話が何度もかかってきて、LINEも何通も入ってきた。

「写真撮ったからな、ばら撒くぞ」とまで言われ、震える手で「脅迫ですよね、警察呼びますよ」と送った。しばらく粘られたけど、なんとか諦めた様子。でもどこで見られているかもわからない、どうしよう、店員さんに助けを求めようか。誰か知り合いに助けを求めたくても、まだそれほど頼れるような人もいなかった。

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結局、コンビニのトイレに入り、泣きながら警察に電話した。間も無くしてパトカーが到着し、生まれて初めてパトカーに乗り、事情を説明した。

後日、大学側にこの話をしようと掛け合うと、最初は個人情報は教えられないと断られたものの、大学のことをよく知っていた、注意喚起のためにも、存在するかしないかだけでも確認してもらえないかと頼み込んだ。なんとか承諾を得て、私が聞いた学部学科とフルネームを伝えた。
帰ってきた答えは案の定、そんな人物はいないということだった。いっそ存在してくれたら、少しばかり安心したのに。

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あの時、直前で踏みとどまっていなかったら、今私はここにいないかもしれないと思うとゾッとする。 それから、歩いて5分もかからない大学へは、自転車で行き来するようになった。万が一の時に出来るだけ早く逃げられるように。
あとあと聞いた話だと、他にもおそらく同じ人物からであろう接触が他の子にもあったことを知った。そして口々にタヌキのアイコンだと言っていた。

今でも思い出すと怖い。慣れない土地で寂しい思いをしている学生をターゲットにしていることも腹立たしい。ちなみに、私は相手の顔は一切見ていないし、 怖くて車のナンバーを見ることもできなかったことが悔やまれる。今なお、私の心には傷として残っている。
どうか同じような被害にあう学生が出ませんようにと願わずにはいられない。