社会に意味付けされ、勝手に議場に上げられるかわいそうなピンク色

好きな色の問いに「ピンク、青」と書いた。その時ふと、その2つの色の対極さから「理想と現実」というワードが浮かんだ。
ピンクはピンクでも、青みがかっているタイプのピンクが良い。濃ければ、なお良い。ビビッドなのも好きだ。逆に言うと黄色みのあるサーモンピンクなどは好みではない。好みではない色は同時に似合わないので、不思議なものだなと思う。青も濃いめの青が好きだ。ネイビーブルーが大好きで、水色や群青色は苦手だ。
しかし、ピンクが好きでも、ピンクという色はいつもいつでも選べるわけではないと思う。例えば、部屋のカーテン。防犯上、ピンクは避けるべきと言われている。女性らしい色なので女性がいるというアピールになってしまい、危ないそうだ。その視点で考えるとピンク色の洗濯物はなるべく室内干しの方が良いだろう。面倒臭いなとピンク自体を敬遠しがちになりそうだ。
服もピンクを着るタイミングは難しい。色が薄いピンク以外のピンクは派手に見えがちだからだ。職場によって違うだろうが、オフィスカジュアルでは、ピンクかどうか人によっては判断が分かれるくらいの薄いピンクならオッケーだと思う。でもそういう薄いピンクにはピンクとしての魅力を感じないのは私だけだろうか。
対照的に青は無難な色だと思う。大抵、青を選んでおけば間違いない、大丈夫だろうという感覚がある。就職する前、女性の仕事着に関する本に、迷ったら紺色にすると良いと書いてあった。その印象が強いのかもしれない。
それに青という色には沈静作用があると思う。とにかく落ち着く。無難であるという安心感と落ち着く感じで、私は青が大好きなのだ。
空気を読まねばならないピンクと大抵大丈夫な青。そんな私のピンクと青事情から「理想と現実」という言葉が浮かんだのだろうか。
空気を読まねばならないと言えば、最近、ピンクが好きと言い辛い気がする。何かと女性はピンクをあてがわれがちなのだが、女性にまつわるなんでもかんでもピンクにするもんじゃないという世間の流れが出てきた。そうして、女性だからといってピンクを選ばなくても良いんだよという流れが出来てきた。そんな中、ピンクが好きと言うのはKYな感じがして、ちょっとためらってしまう。
とはいえ女性だからとあてがわれるタイプのピンクは、桜色とか、薄めやパステル系のピンクが多くて、女性は古式ゆかしく大人しく控えめでいろと言われているように感じてしまうのは私だけだろうか。同じように考えると、私が好きなピンクは、そんなこと知らねぇとでも叫んでいるかのような鮮やかで派手で濃いピンクだと思う。そう言いつつ、なんだか色々と意味付けされて、議場に上げられ、ピンクがかわいそうに思える。
子どもの頃、ピンクを選ぶのが恥ずかしいと思う時期があった。ピンクは女の子の色で、ピンクを選ぶということはぶりっこしてるみたいな感覚があり、それが恥ずかしさに繋がった。時を同じくして黒や灰色、紺色など、地味な色の服ばかり着るようになっていった。紺色は好きなのだが、目立たないようにと選ぶ紺色は不思議と好きな色という感覚がなかった。
就職後、鬱に苦しむ私に「気分はすぐ変えられないけど、服の色は変えられるわよ」と教えてくれた人がいた。それを境に服に彩りが戻った。実家から出るとより色鮮やかになった。私の地味な色のチョイスは抑圧の裏返しだった。
その時々の気分でマイブームの色が異なることがある。でも自分の意思で選んでいれば、あの時は精神的にそういう時期だったんだろうと思える。ピンクに限らず、世間や誰かから押しつけられた色ではなく、自分で選んだ色を手にし続けたい。
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