初めての香港一人旅、朝からの街歩きでお腹を空かせた私は繁華街の小さな食堂にふらりと入ってみた。お昼を大分回った時間だったので、その店に客は私以外に数人しかいなかった。

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席にあったメニューから雲呑麺を指差しオーダーして一息ついていると、白衣を着た厨房の料理人らしき小父さんがやって来て何も言わずに飯碗に盛られた白いご飯をテーブルに置いた。
これ頼んでないです、と英語で言うと、小父さんは身振りで「お前のじゃない、俺のだ」と答えた。あっ、賄いか……それにしてもどうしてこの席に?香港はこういう場所での相席は当たり前と聞いてはいたけれど、他にも沢山空いている席はあるのに。

戸惑う私を尻目に、小父さんはおかずらしき別の皿を持って私の向かいの席にどっかりと腰を下ろした。
こうして私の初香港・初相席ランチがスタートしたのだった。

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小父さんは別の店員が運んできた私の雲呑麺を「ふん、お前はそれか」と言う感じで一瞥すると、無言で食事を始めた。私も雲呑麺を啜りながら彼の皿に目をやると、大根と牛肉の煮込み料理のようなものだった(後で香港では定番の蘿蔔炆牛腩という料理だと知った)。
私が相当興味津々に見えたのか、小父さんは「食べてみるか?」と私の碗に煮込みを少し乗せてくれた。

サンキュー、と口にしたそれは牛肉も大根もとろりと柔らかく煮込まれていて、とても美味しかった。「好食(おいしい)!」覚えたての広東語で感想を言うと、小父さんは「だろ?」という感じで初めてニカっと笑った。その笑顔と香港の街に、私はグッと心をつかまれてしまった。