人と会話するとき、よく「口角を上げると印象が良くなる」と言われる。確かに、ぱっと見のイメージは明るくなるかもしれない。

けれど、私はいつもその言葉に少し違和感を覚えてきた。なぜなら、ただ口角を上げて笑顔を装っても、その人の“本当”の気持ちは伝わらないように思うからだ。

「相手には明るい印象を与えたほうが良い」という言葉をしょっちゅう耳にする。面接の場面では特に「笑顔を忘れずに」とか「表情が暗いとマイナスイメージだよ」と助言された。もちろん、あからさまに仏頂面よりは、にこやかにしていたほうが相手も話しやすいだろう。しかし、口角を上げさえすれば伝わるほど、私たちの思いは単純なものだろうか。

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私は、人の表情の本質は「目」に宿るものだと思っている。もっと言えば、その人の放つ雰囲気やオーラこそが、何より雄弁だと感じることが多い。

例えば、口角が上がっていても、目が笑っていなかったり、まとっている空気に緊張や焦りが透けて見えたりすると、そこに違和感を抱いてしまう。「ああ、この人は今、無理をしているかもしれない」「本当の気持ちは別のところにあるのかな」と、心配になってしまうのだ。 

逆に、口角を上げているわけでもないのに、目が柔らかく微笑んでいる人に出会うこともある。そういう人は、周囲を包み込むようなあたたかさを持っていて、「この人と一緒にいると、なんだか安心できるな」と思わせる。

不思議なことに、その柔らかい雰囲気は無理して作れるものではない。それまで歩んできた人生や、人への思いやり、そして自分自身を認める気持ちが、自然と瞳に表れているように感じるのだ。

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ところで、私たちには「色メガネ」という言葉がある。人を先入観や偏見のフィルターを通して見ることを指すが、もしかすると「自分のメガネ」もまた曇っているのかもしれない。つまり、相手をしっかり見るつもりがあっても、自分の中にある思い込みや恐れのせいで、本当の相手を見ていないことがあるのではないか。

私自身、相手の雰囲気に対して「何か怖そう」とか「気が合わなさそう」と決めつけてしまうときがある。後になって、「実はとても優しい人だった」と気づいて反省することが何度もあった。

そう考えると、「口角を上げなさい」というアドバイスより先に、「あなた自身がどんな心でそこにいるのか」という問いかけが大事なのではないかと思う。自分がどう思われるかを過度に意識するあまり、ただ形だけ笑顔を作るのでは、本当の意味で人と通じ合うことは難しいのではないだろうか。

むしろ、自分の気持ちに素直であることや、相手を思いやる気持ち、互いを認め合おうとする姿勢こそが、顔立ち以上に表情を豊かにする――そう信じたい。

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私が「色メガネ」というテーマを自分なりに考えたとき、思い浮かんだのは「目がすべての考えを物語っている」という言葉だ。目には隠せない何かがにじみ出る。その人の人生観や態度、人への興味や愛情、あるいは不安や葛藤が、ほんの一瞬のうちに垣間見えることがある。

だからこそ、相手を知りたいならば、口角の上がり具合だけでなく、相手がどんな思いでそこにいるのかを想像することが大切だし、自分自身の思いも偽らないことが重要だと思う。

もちろん、「口角を上げる」ことを全否定するつもりはない。ちょっとした意識の変化が、こちらの気持ちを前向きにしてくれることもある。けれど、それはあくまでもきっかけであって、「心から相手を思いやる」気持ちや「自分らしさを受け入れる」姿勢を持てなければ、表面的な笑顔で終わってしまうのではないだろうか。

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最後に私が願うのは、私たち一人ひとりが “心の目” を澄ませることだ。自分の色メガネを外し、相手の目や雰囲気にこそ注意を向けることで、より深く人とつながれるはずだ。そして、自分自身も飾らず、ゆったりと心のままにいることで、自然と穏やかな目元になり、真の笑顔が生まれるのだと思う。

口角を上げるテクニックよりも、まずは目に映る世界をゆっくり見つめ、そこにある思いに気づけるような心の余裕を持つこと。それが私の考える「わたしと『色メガネ』」の関係だ。