5時10分にアラームが鳴る。小鍋でほうじ茶を作りながら身支度をする。
お茶を水筒に移し替え、カバンに入れて、姿見で身なりを確認すると、まだ眠そうな私がぼんやりいる。アパートのドアを開けると風がビュウとドアを押し返した。
今朝は冷え込んでいるみたいなので、一旦部屋に戻り、赤地に青とオレンジチェックのお気に入りのマフラーを巻いて家を出る。

うつらうつら歩くと、まだほんのり暗い街並みに、排気ガスの音がそこかしこから聴こえてくる。家から少し離れた工場の裏の、月極駐車場に止まった青いマイカーの曇ったサイドミラーを拭いて乗り込む。ふぅと気合を入れて、エンジンをかける。
まだ空いている国道58号線を真っ直ぐバイト先に向かう。

いるかどうか分からないくらいの、存在感のない柔らかい人になりたい

もう27歳と5ヶ月になる。
いい大人の女性だから、ハタからみたら相応しく見えるように、少しだけ背筋を伸ばして大きく息を吸うように心がけているが、実際は肩肘張って窮屈そうに見えるかもしれない。
もっと柔らかい人になりたいなぁ。いつも静かに微笑んでいて、たくさんのことを知っていて、でもそれを自慢に思わないで、いるかどうか分からないくらいの存在感のない柔らかい人に。
能力や技術みたいなものは、中学生の頃からあんまり変わらないんじゃないかなぁと思うけれど、どんどん角が磨かれて柔らかい人に近付いていたら嬉しいな。

話は変わるが、ここ1年で同級生の妊娠・出産がチラホラ聞こえて来る。
子どもを産むってどういう感覚なんだろう。エイッと子作りするとお腹の中で肉片がウネウネと形作られて白紙の人間になって産まれてくる。自分達でこさえたものでも、赤ちゃんはまっさら過ぎて不安の塊みたいなものだなぁ。子育てですぐに忙しくなって、考える暇もなくなるんだろうけれど。

他の友達にも俳優になっている子、自分のお店を持つ子、それぞれに一生懸命分からない中を頑張っているなぁと、それに比べて……と常々焦っているので、通勤中はラジオで英語を勉強しているフリをしている。今日は付加疑問文みたい。
コロナが明けたらワーホリに行きたい。世界中の人間を見て、どこでも人間は一緒だなぁ逃げ場なんてないなぁと実感して、覚悟決めて生きられるようになれればなぁと思う。

車を止めて弁当屋へ。今日は出勤前に朝そばを食べたくて早起きした

そうこう考えているうちにバイト先の駐車場に到着した。車を止めて向かいの弁当屋に向かう。
私の住む沖縄では、朝に弁当屋で沖縄そばを食べる文化がある。今日は出勤前に朝そばを食べたくて早起きしたんだ。
「100円そば」ののぼりのある、小さなバラック小屋のお弁当屋さんでは、50円から500円までの大小様々なお弁当と朝そば、ソーメン汁などが売っている。
バカみたいに安い。そしてバカみたいに美味しい。昼食用の250円のボリューミーなチャーハン弁当と、100円の発泡スチロールのお椀に入った素そばを買った。

弁当屋の軒先で熱々に熱されたヤカンからそばに出汁を注いで、揚げ玉と紅生姜、七味を掛けて席に向かう。既に作業服の中年男性が美味しそうにそばを啜っていた。
湯気の立つそばをフーフーしながら麺を啜ってスープを飲む。あっさり目の出汁と、ネギの焦げた臭いのする揚げ玉がいい塩梅だ。いつしか周りの客は全員入れ替わっていた。働く人は食べるのが早い。

好きなものを選び、大人だからこその我がままなるときを過ごしたい

大人だから、好きな時にそばを食べて、好きなものを身につけて、好きな車に乗って、好きな仕事をして。大人だから、好きを選んでいける。
けれど、逆に自分で何でも選ばなきゃいけないのは少しだけ辛い時がある。
正しい選択肢が分かる問題ばかりでないし、後から考えても何が正解か分からないことが多い。選ぶのがどうしても辛い時は何も選ぶ必要のないように、暗くした部屋でひたすら時が過ぎるのをじーっと待つと楽になる。

そばを食べ終わりバイト先に向かう。カランカランとドアを開け、「おはようございまーす」と言う。すると裏から所長が「おはよう、今日も早いね」と言ってくれた。
所長の方が早いのに、と屁理屈ばかり考えてしまうけれど、今日も一日ゆるりと、大人だからこその、我がままなる時を過ごして行きたい。