「色メガネで見られた」

仕事を辞め再就職し、を何度か繰り返した。

教育職を辞め理由は、いわゆるハラスメントだったり、激務での燃え尽きだったり。教える仕事は好きだが、人間関係は難しい。

若い頃は、「やって」と先輩に言われた仕事を要領よくできず体当たりだった。キャパシティを越え、注意力散漫でミスして落ち込んだこともある。相性が悪く授業が進まないクラスに悩み、でも周りに言えなかったこともある。リセットしたくなって都立高を辞め、しばらくして「埼玉で働いてみよう」と切り替えた。十数年前のことだ。県のホームページに職員募集を見つけ「臨時的任用職員」の1年契約の仕事に応募した。3月下旬、ある県立高校の面接に行く。

教員が非正規で働くのは、例えば子育てや介護などの家庭の事情以外、採用試験不合格、採用枠がないなど待機中のイメージが付く。校長室で挨拶し条件の確認をした後で、校長は微笑んで言った。

「それで…採用試験、何年も受けてるの?」

ドキッとした。試験に受からず専任になれないイメージで見られている。

「いえ、埼玉でも働いてみたいと思い…」と答えたが、「なぜそんなことを?」という思いが湧く。身分にこだわらないつもりでも、私にもプライドがあり心から自由になれなかった。

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 「色メガネで見てしまった」

デパ地下、酒類売り場の隅に、日本酒と小料理を出すバーカウンターがある。初めて寄った時、話し上手な女性店員と旅先で飲んだお酒のことなどで話が弾み、それ以来お気に入りの場所だ。

ある日、隣の客は聴覚障害のある人。発音でそう思った。常連らしく「この間の〇〇おいしかった。今日は××飲みたい」など、次々日本酒の銘柄が挙がる。時々小型のホワイトボードを出し「書いて」と相手の言葉を確認していた。この人に話しかけて大丈夫か、私の言葉をわかってもらえるかと迷ったが、「それ、飲んだことあります!」とぎこちなく会話に加わった。彼は、「口を見せて下さい。読話ができます」とこちらに顔を向けた。正面で向き合うように、私は横座りになる。

それから彼は、どんなお酒が好きかとか、帰りに一杯やるのを楽しみに働いているとか笑顔で語った。ほろ酔いだったので細部は記憶にないが、店員さんも交えたやり取りが楽しかったのを覚えている。彼は、手話も使えるが口話を主に生活してきたそうだ。

「口を見れば何言ってるかわかる。でも隣の2人が話していて口が見えないと話がわからない。1対1ならいいけど、3人はわからない」

彼はそう言った。デパートの閉店時間になり

「話せてよかった。また来るね」

と私は席を立った。 

相手に障害があると、自分が色メガネなしのつもりでも躊躇する。でも初めての相手なら、障害があろうとなかろうと緊張するのは同じで、慣れていないだけだ。「何かしてあげなければ」と思うのが色メガネだろう。また彼と偶然あの場所で会いたい。

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聞いて初めてわかる人の思い。誰にでも先入観はあるが、個人を見て判断できるように、いろいろな人と話したい。そう考えると、私の色メガネは人がカラフルな眼鏡をかけて跳びはねるようなイメージでいいかな、と思う。