「変われなかった人」。時代の変化の中でもがくあの人に覚えた切なさ

市役所で働く私は、3回の人事異動を経て土木系の職場で総務関係の仕事をしている。市役所には、多くの職員がいて、性格や経歴もさまざまだ。
大手企業から転職してきた優秀な人、芸能事務所のオーディションで入賞した人、何千人と参加するマラソン大会で優勝する人……。そんな個性豊かな人たちと働く日々の中で、私はある人の存在に強い苦手意識を抱いていた。
それは、同じ部署の50代男性職員のAさん、である。
彼は毎日、とにかく怒鳴っている。スイッチが入ったかのように突然大声になり、そのたびに私は身構えてしまう。
今日も、窓口に来た工事請負業者に対して怒声を上げている。その声はあまりにも荒々しく、近くで聞いている私まで不快になる。
取引先の人たちはどれほど居心地が悪いだろうかと、胸が痛くなる。Aさんの隣では、上司が申し訳なさそうに頭を下げている。私も心の中で「ごめんなさい」と繰り返した。
しばらくすると、上司がAさんを別室に呼び出した。案の定、注意を受けているのだろう。しかし、ドア越しに聞こえてくるのは、Aさんの激しい言い訳だった。
「本当に苦手だ……」
心の中でそうつぶやく。
「なんでこんなに怒りっぽいんだろう?もっと穏やかに人の話を聞けないのだろうか?」
そんな疑問が湧いてくる。
しかし、そのとき、近くにいた男性職員がぽつりとつぶやいた。
「昔はさ、『業者に舐められるな。言いたいことは遠慮せず言え』って、上司から教えられてきたんだ。でも、今はパワハラ扱いか……」
私は、はっとした。
Aさんは、ただ怒りっぽいのではなく、彼なりの正義感で動いていたのだ。
無理を言ってくる業者に対し、強い態度で制することが「正しい」とされていた時代を生きてきた。その価値観のまま、今も仕事をしているのかもしれない。
私は、Aさんを「怒りっぽい人」と決めつけ、一方的な色メガネで見ていたことに気がついた。
もちろん、今の時代において彼のやり方が正しいとは言えない。むしろ、時代は変わり、職場の環境も大きく変化している。かつては「厳しさ」が仕事の一部とされていたが、今はハラスメントの概念が広まり、私はそのおかげで働きやすくなった。
しかし、その変化はAさんにとって、息苦しいものなのかもしれない。
よくよく観察してみると、彼が怒鳴る相手は主に外部の業者であり、職場の同僚には比較的穏やかに接していることに気づいた。
時代に合わせて自分をアップデートしなければ、どんどん取り残されてしまう。
最近では、昔の価値観を引きずった芸能人や著名人が、パワハラやセクハラの問題で次々と週刊誌に取り上げられている。「この人も変われなかったんだな……」と、残念な気持ちになる。
パワハラやセクハラは、被害者にとって深い傷を残す。その傷は簡単には消えない。だからこそ、今の時代には、他者への思いやりと想像力が必要なのだ。
ふと視線を遠くにやると、今日もAさんが怒鳴っている。その姿を見ながら、私は何とも言えない気持ちになった。
Aさんもまた、時代の変化の中で、もがいているのかもしれない。「変われなかった人」として色メガネで見られる彼の姿に、私は少しだけ切なさを覚えた。
そして、ふと考える。
もしかしたら、私もいつかAさんのように変化に適応できず、「古い価値観の人」として見られる日がくるのかもしれない。そうならないためには、今の価値観に固執せず、常に新しい考え方を取り入れ、柔軟な心を持ち続けることが大切なのだろう。
そんなことを思いながら、私はそっと自分の胸に手を当てた。
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