香港は、家族で海外旅行をした唯一の国だ。香港と聞くと、いつもこの家族旅行のことを思い出す。

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それまでは家族で海外へ行く、なんてこと自体がお気軽ではなく、想像すらすることもなかった。

私の家族で行く旅行とは、夏のお盆に祖父母のお墓参りをかねて毎年田舎に帰るくらい。そしていつもお留守番は母だった。

飼っていた犬の世話もあったが、「家が一番」の母はそれを不満にすら思っていなかったようだ。

たまに母とデパートへ行き喫茶室に入っても、いつもわたしが一方的に話すばかり。ずっと家にいるから話題がないのだろうかとも考えた。

しかし母の世代の女性は、子供が経験する学校での出来事や友達との会話を、自分のことのように感じ、それを楽しんでいるようなところがあった。

母は外出する場合、ひとりで気軽にお茶をすることはしない。そして家に帰り、台所のテーブルでコーヒーを飲みながら「やっぱり家がいい」と言う。

しかし私が中学生になると、塾や部活が忙しくなり、父だけが田舎に帰るようになった。

そして私が20代後半だった頃のこと。

父が親しくしている学生時代の友人たちから、夫婦で香港に行ってみないかという提案があった。今考えると他のご夫婦に迷惑だったのではと思うが、うちだけが家族で参加した。

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年末年始を過ごすツアーだったため、香港はまだクリスマスのイルミネーションがそのままのウレシい賑わいだった。ツアーの観光地巡りでは、香港島のビル街を海から眺める遊覧船に乗り、九龍(きゅうりゅう)では女人街でショッピングをした。

私の家族はそれぞれが欲しい物を買ったというより、同じ店で皆が似合う柄を勧め合い、
デザイン違いの同じようなものを購入した。なので香港の安いシルクのシャツ、ブラウス、ジャケットを何点もお土産にした。

尖沙咀(せいさしょ)では中華料理を楽しみ、母もわたしも北京ダックを初めて食べた。

海外が初めての母は、円宅にところ狭しと並ぶ料理を、何より楽しんでいた気がする。そしてヴィクトリアピークに登り、東方の真珠といわれる香港の夜景を楽しんだ。

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今では何泊したとか、泊まったホテルの名前すら、もう覚えていないが、「香港」と聞くと一番に、家族みんなで行った唯一の海外だったことを思い出す。

そしてその頃の少し幸せな記憶にタイムスリップしたような気持ちになるのだ。